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≪背中の靴跡シリーズ≫ 『ミッドライフ・クライシス』~vol.7(完)~

≪背中の靴跡シリーズ≫ 『ミッドライフ・クライシス』~vol.7~
クライシス圧縮
微妙にピンク風味ありますが、まぁウチのブログじゃ鍵する程じゃない★ということで…

※※※「ミッドライフ・クライシス」※※※
仕事も私生活も順調だと思っていた自分の人生。しかし「本当にこのままでよいのだろうか」「悔いのない人生をおくれるのだろうか」とふと悩みが生じる壮年期。 人は時に人生の中頃に、自分の人生を問い直さずにいられなくなる深刻な心の危機が訪れる。
「ミッドライフ・クライシス」=中年期に人の心に巣食う危機





≪ ミッドライフ・クライシス~vol.7~ ≫背中の靴跡シリーズ


ベッドにそっと下ろしただけで、くぐもった切ない喘ぎが聞こえる。
恐る恐る布団を開くと、涙と汗でぐしゃぐしゃな逆上せ切った顔に――――自らの手を噛み締めている麻子が居た。
制御も出来なくて噛み切ってしまったのだろう、布団のあちこちだけでなく、手や頬にも血が付着している。
驚いて細い手首を掴んだ。
「~~バカッ!! 噛むな……ッ!!」
「~~~~んッ、~~ゃ…ぁっ、……ンンンッ!!!」
手を引き抜こうとしたのに、逆に麻子はますます噛み締める。新たな赤い筋が手の甲を流れてゆくのを見て、焦る。
ダメだ――――力尽くでは麻子はますます食い破ってしまう、と判断し、流れる血に手塚も口付けた。
口内に広がる鉄の味――――だが、俺の唇の感触に、ビクン…ッ! と驚く程麻子の身体が跳ねた。
「~~~~や…あ…あ…ッ!! ~~やッ…」
嬌声が響いて、手が口から離れる――――その隙に手をしっかりと掴んで引き剥がした。
ポケットからハンカチを取り出して、麻子の左手の傷に巻き付ける。
そんな俺に抵抗するように暴れながら、乱れた熱い吐息をまき散らして、必死に泣きつくように麻子が懇願する。
「~~~~や……、…………み…、見ない、…で…っ…」
右手は骨が浮く程キツク布団を握り締めながら、身悶える自らの動きが麻子を苛む。ビクン…ッ、と跳ねた体に嬌声が上がり、慌てて布団に顔を押し付けた。布団を噛み締めているのかもしれない。
辛そうで苦しそうで見ていられない――――だがその一方で、欲情しきった乱れる愛妻の姿にこっちもオカシクなりそうだ。
高鳴る鼓動を無視して、グッと拳を握り締め、唇を噛んで耐える。

…………どうすればいい……?
…………どうしてやれば……

この苦しみから救ってやれるのか。

と、手塚が何も手を出していないのに、突然ビクビクと麻子の身体が痙攣のように震え、悲鳴が上がった――――と思った時には、ハンカチを巻いてやった左手を自らの口内に突っ込み、ハンカチの上からまた左手を噛み締めていた。
下腹部が別の生き物のようにビクビクと動く――――摺り寄せる股の間、乱れて捲れたスカートの裾から流れる液体がシーツを濡らしている。
噛み締めたハンカチからは、早くも染み出た血が浮き出てきた。それほどに噛み締めているのだが、時折堪え切れない喘ぎが鼻から漏れる。
見ているだけで、手塚もオカシクなりそうだった。

異常なくらい、イキすぎてる――――このままじゃ、イキすぎて、麻子が狂っちまう――――……

ゾッとした。
怖い。
麻子が壊れてしまいそうで、怖い。
震える手で、シーツを握り締める麻子の右手に手を重ねる。
「…………あさこ…………」
掠れた声で呼べば、朦朧とした瞳が一瞬、宙を彷徨った。――――途方に暮れた子供が必死に母親を探しているような目だった。
助けを求める色。
焦点が合うように俺の方が顔を寄せてやる。
「麻子」
「……ひ…、…っ…、~~ンンッ!!!」
一瞬だけ目が合って麻子の瞳に安堵の色が浮かんだのも束の間、次の瞬間には苦し気に歪んだ。
ビクビクとまた、下半身が痙攣する。
呼吸もままならない喘ぎが零れる。

――――なんて、惨い…………

意思とは無関係に、制御なく勝手にイキまくる身体。
――――自ら壊れてゆく…………。
痛ましくて、涙が滲みそうだった。
壊させない。
救いたい。
祈るようにハンカチを巻いた手に口付ける。
「~~ハッ…っ……、……ひ…か……」
呼吸の合間に、掠れ切った声とも言えない程の声で、麻子が俺を読んでいるのが聞こえた。
顔を覗き込むように見つめてやれば、くしゃりと顔が歪む。
「~~~~ひ…っ、ひか……アッ、~~ン…ッ!」
ぼろりと零れた涙。
麻子の意識が逸れた隙に、血塗れの左手を引き抜き、麻子の唇に唇を重ねる。
やはり鉄の味がする。
熱くて切なくて悲しい。
気づけば、泣きながら何度も口付けていた。
何度も何度も、麻子の身体から力をすべて奪うように。
ようやく顔を上げれば、麻子は朦朧としていた。
焦点の合わない視点で、声にならない呼気で俺の名を呼びながら、切なげな表情で俺を探していた。
それを見て、ふいに決意した。

辛いのも、俺の手で。

イッてもイッても際限なく襲う狂気のような絶頂――――ならばその苦しみも、俺の手でイかせる。
麻子の苦しみを俺が受け止める。
辛いのも苦しいのも、全部俺が見届ける。
縋るように俺を見つめる濡れそぼった黒目に、上手く出来ているかはわからない微笑みを向ける。
「……あさこ……触れるぞ……」
俺の言葉に、大きな黒目がふと和らいだ。
一瞬だけ、微笑んだような気すらした。
言葉と同時に胸元に落とした手に、麻子の身体が跳ねる。
「~~あ…っ、…ゃ……やあ…っ……!」
意思を持った甘い声――――と共に、ビクビクとまた下腹部が痙攣した。
たったこれだけでもイッてしまうのだと実感する。
思わず手を引いてしまいたくなるのを堪えた。少し触れただけで壊れそうだ――――。いや、壊させない、壊すものか。
はぁはぁ、と乱れながらも、驚いたことに麻子が言葉を紡いだ。
涙を次々と零す瞳が、しっかりと俺を映していた。
「~~む……、ムリ、しな……で…っ! ~~こ、これ、はっ、……じ、自業、…じ、とく…っ……、ひ、ひか…る……まで、つ、付き合……なく……ッ、ンン…ッ……、ほ、…ほっ…とい…て…っ」
言いながらまた、呂律が怪しくなってくる。
一瞬だけ正気になったのだろうか――――、……だが再び、焦点がブレて顔が歪む。
「放っておけない。――――それに、物理的な刺激があった方が、少しでもお前、楽そうだ……。苦しかったら俺を噛んどけ。イキむのが止まらないなら俺が折れるくらいしがみ付け。耐えなくていい……全部俺にぶつけろ」
「~~ッ、そそそん……っ…」
言いかけた麻子の言葉が止まる。
麻子が自分の手を噛まないようにと、俺の身体を押し付けるように抱きしめ肩から顔だけ出るような態勢に動かしたせいだ。そんな動きですら、敏感になりすぎている身体には過剰な刺激になるらしく、絶叫が一瞬起こり――――途切れた、と同時に、俺の肩口に焼かれたような熱さが走った。
麻子が俺の肩に噛みついたのだ。
痛いというよりも熱い、その感覚――――。
狂気に怯えるように震えながら、我を忘れて俺に縋り付く麻子の様子に、痛みよりも安堵の方が強かった。
これ以上、自分を傷つけることがなくて良かった。
俺が命綱かのように、藁にも縋るように、必死に俺にしがみ付く麻子が愛おしいとすら思う。
「…………麻子……触れるぞ」
もう一度、言い聞かせるように囁きながら、麻子の下半身へと手を伸ばす。
心配になるくらい、びしょ濡れだった。麻子の身体から水分がすべて失われてしまうんじゃないかとすら思う。
少し触れるだけで、麻子の身体はすぐに達して、ガクガクと痙攣する。
それでも俺の肩や首筋に、噛んだり吸い付いたりしながら必死に耐え、時には苦し気な呼吸の合間に、俺の名を呼んだ気配がすることもあって、泣きながら触れた。
イキすぎて正気を保つことすら難しい麻子を、ただただ壊れないことだけを祈りながら、麻子が意識を失うまでその華奢で小さな身体をただひたすら優しく抱き続けた。


     ***


「……大丈夫か?」
「~~~~っ…、大丈夫に決まってるでしょ!」
そうは言いながらも、もそりと布団の中で身じろぐことしか出来ない麻子に笑みが浮かぶ。
強がってはいるけど、まだ動けないらしい。
後ろから抱き締めて麻子に摺り寄るように愛おしい香りを吸い込んでいたら、小さく笑う気配がした。
「……ホントに大丈夫よ。どーしたの、最近……光ってば、かなりの甘えんぼさんよ」
言われてくすぐったい。
『甘えんぼ』なんて子供みたいな言われようだが、甘えてる自覚は確かにある。
こうやって麻子と情事後にぬくぬくとじゃれ合えるのが嬉しくて堪らないのだ。
一つになった後の余韻に浸って、すぐ傍の愛おしい人の温もりや香りを嗅いでいると幸せに満たされる。
大体、そうでなくても麻子からは花のようないい香りがする――――大好きなその香りを味わいたくて、スンと鼻や唇を麻子にくっつく程に近づければ、麻子からくすくすと笑い声が漏れる。
「~~やぁだ、もう……ホント、くすぐったい!」
少し身を竦ませて震えるのに、可愛くてまたドキドキと触れたくなる。
「……感じる?」
「ばーか。もうダメよ。……大体、昨晩も散々盛ったくせに、朝からまたヤってくれちゃって……これ以上ヤラれたら流石に起き上がれなくなっちゃう」
「もう1泊するとか……」
「んなわけないでしょ!」
クルッと器用に俺の腕の中で振り向いたと思ったら、結構本気で頬を抓られる。
いてて、と呟いたら、プッと噴き出して、そのままビョーンと頬を引っ張られる。
容赦なくやられるから結構痛い。結構痛いのだが、楽しそうに目を細める愛妻が見えると、好きにさせてしまうのだ。
ひでぇな、と苦笑すれば、聞き分けがないのが悪いんでしょ、とツンと澄ました表情を作ってピシャリと叱られる。
けどそれでも嬉しいんだから、俺も大概どうかしてると思う。
そのまま正面から緩く麻子を抱き締めて、美しい黒髪を愛おしく撫でる。
艶やかな黒髪は年を経ても相変わらずで、首筋や肩に纏わりつくのが煽ってるんじゃないかと思うくらい妖艶だ。
まったく髪の毛1本すら俺を虜にするんだから困った奥さんだよな、とつくづく思う。
しばらくゆっくりと髪を梳いていたら、麻子がチラリと上目遣いで俺を覗き込んできた。
少し拗ねたように突き出した可愛い唇に、思わず誘ってんのかと良いように解釈したくなる。
まったく……ホントこいつは堪んないよな、なんて愛おしさが溢れる。

「…………ね……、やっぱ……物足りない?」

拗ねたような悔しそうな口調でぽつりと零された言葉に、瞬いた。
意味がわからなかったのだ。
「――――――――なにが?」
「~~~~っ…、そ、その…………ほら、……あの……あたしが、媚薬、盛られた時は…………その、事後……光も、ヘトヘトだったじゃない?」
「は? ――――あー…、ヘトヘトっつーか…………疲労感が凄かったな」
「~~~~っ、そそっ、そう……、そう、よね」
「あ、お前、今勘違いしただろ」
「~~~~か、勘違いってなによ!」
「『媚薬使った方がいいのかな』とか可愛いこと考えた顔だった」
「~~~~ッ! ~~そそそそんなわけ…っ」
「じゃあ、なんで今、媚薬って言葉が出た?」
「~~~~っ、あああたしばっかヘトヘトとか不公平っていうか、たまには光がヘバレっていうか……大体、光だってたまには心から満足したいでしょ?」
「……心から満足してるけど」
「~~~~そうじゃなくてッ!! ~~たまには自分の欲望全部吐き出したいとか思うでしょ?!」
「……欲望全部、とか無理だろ。こうして向き合ってたら際限なく欲望なんて湧くんだし」
「~~~~ッ! ~~だからそうじゃな、っ」
麻子の言葉をぶった切った。
あんまり可愛いことを言う唇に噛みつくように唇を重ねて、そのまま思う存分深く味わう。
口内を弄る俺の舌の動きに翻弄され、麻子の身体が可愛らしく反応するのに、ついつい激しく長いキスになる。
ようやく唇を離した時にはグッタリと籠らない身体をベッドに沈ませ、荒い呼吸に鎖骨や胸が大きく上下していた。
ああもう、ホントに可愛すぎて困る。
グッと欲情は抑え込んで、怖い顔を作ってみせる。
「――――お前、媚薬とか絶対使うなよ! ……まぁ、前の時はお前の意思じゃなく卑劣な手段のせいだけど……けど俺、もう二度とあんなお前、見たくないから。――――お前、あの時の記憶ほとんどないんだろ。言っとくけど、俺、あの時はお前と身体繋げてないからな! 手で触るだけで何度もイッちまうお前に、俺自身を挿れるどころじゃなかったよ。そうでなくてもお前敏感すぎんのに、触れるだけで意識飛んでたからな。……イキすぎて失神した時なんかもう異常な状態で、唇は真っ青だし、意識もないのに手足は震え続けてるし、辛そうで苦しそうで――――正直、気が気じゃなかった。救急車呼ぼうかと本気で悩んだ程なんだ。…………そりゃ、ヘトヘトにもなるさ。心配で心配で一睡も出来なかったよ。
二度とあんな想いはごめんだ。
それに、本当に俺、満足してる――――こうやって、愛し合った後の気怠そうな麻子を見ると満足させられたんだなって思えるし、嬉しくて閉じ込めて俺だけの麻子を堪能出来るこの時間が俺、本当に好きなんだ。……幸せだなって思う」
最後は自分でも恥ずかしくなってきて、麻子を抱きしめて顔を見られないようにした。
麻子の腕が首筋を回って、麻子も抱きしめてくれる気配。
甘い空気。
互いが互いを求めているのを感じる。
どちらからともなく顔を引き寄せ、また唇を重ねる。
優しくて甘くて執拗なキス。
そうでなくても愛おしい人に触れているのだ。また熱を帯び始めた俺の下腹部に気づいた麻子が揶揄ってきた。
「……ホントに満足してる?」
「…………してる、……けど、最後……いい?」
甘えた言葉を吐く俺に、麻子がくすくすと笑いながら拒否る。
「ダーメ。ホント立てなくなっちゃう――――あたしがシたげるから、あんたはそのままで」
……そう言うと、神のような手業と口技でいとも簡単に俺を果てさせた。
まったく恐ろしい妻だ。
最後の最後で、俺の方が疲労したことに満足したらしい麻子は、上機嫌でベッドから下りた。
一緒にシャワーしよう、と誘った俺を無下に拒むと一人で浴室に向かう――――まったく溜息だ。(昨夜は一緒に入ってくれたのに、なんて完全に拗ねた言葉が頭に浮かび、我ながら子供のようだと思ってしまう)
麻子がシャワーを浴びている間に、フロントに連絡してモーニングを頼んでおく。
バスルームから麻子が出てきたら、入れ替わりでシャワーを浴びた。
麻子が身繕いをしている間に、ゆっくりとチェックアウトの準備をしていたらルームサービスが運ばれ、麻子がコーヒーを入れてくれた。この会員制ホテルの食事は絶品だ。
ソファーに並んで座り、遅めの朝食を取る。
のんびりと寛ぎながらの食事。
舌鼓を打ちながらゆっくり食べていた麻子が、ねぇ、と切り出す。
食べるのが早い俺はあらかた食べ終わっており、コーヒーに手を伸ばしたところだった。
「どうした?」
「ん……、あのさ、少し前から考えてたんだけど……あんたも図書館協会会長として板についてきたことだし、そろそろ、手塚家でお義父さんやお義母さんと一緒に暮らさないかなぁって」
「――――――――え?」
唐突な話に、目を見開く。
「……お義母さんからは前々から言われてたのよ。ほら、あたしの仕事が結構忙しいから、家事と育児と仕事の両立は大変だろうってずっと気にして下さってたじゃない? いっそ一緒に住んだらいいのに、って話はもうずっとされてたのよね。お義母さんは専業主婦だから、家事が増えた方がやりがいもあって、むしろ嬉しいとまで言って下さってて。賑やかな家の方が毎日が楽しいわ、とまでおっしゃって下さっててね。
今の家は光がまだタスクフォースだった頃に、子供が増えて官舎じゃ手狭だからって見つけて住んだ家だし、今はもう光は図書館協会に出勤だから図書基地に近い今の家よりは手塚家の方がいろいろと便利じゃない? あたしも、お義母さんに家事とか甘えさせて貰えるから楽になるし」
「~~~~え、けど……精神的に、お前がしんどいだろ……、俺の親なわけだし」
「こうやって、仕事でもないのにホテルに1泊とか許してくれる優しいご両親なんか、そうそう居ないわよ」
「いや、その分、この前、父さんや母さんも、ここの宿泊券プレゼントしたから……」
「だから、たまにはお互いにそうやって息抜きすればいいってことじゃない。……せっかく会員になってるんだもん、使わなきゃ」
鮎川の事件の時に会員になったホテルは小癪なことに確かにいいホテルで、麻子の中でホテルという場所はトラウマにはなっていなかったから、その後もこうして時々利用しているのだ。
「それに……お義父さん、今度目の手術なさるのよ。お義父さんは何もおっしゃらないけど、でもやっぱり自分も年を取ってきたから――――いくら家政婦さんがいるとはいえ、お義母さんと二人で過ごしていることに、少し心配もあるみたいよ。入院中、お義母さんを1人にするのも気になさってたし……子供達も居て少々うるさいくらいの方がなんだか落ち着くなぁって、この前珍しく零してらしてね。…………やっぱり、年取ると不安もあったりするんじゃないのかしら。
同居なんて口にしたら、お義母さんが諸手を上げて賛成するのが目に見えてるから口には出さないようにしてらっしゃるけどね」
麻子の言葉に目を瞠る。
……正直、自分の親なのに父さんの目の手術のことを知らなかったことに驚く。なのに、麻子は知っていたことにも。
「…………え……手術って……なんの、どこで、いつ?!」
慌てる俺の様子に麻子が小さく噴き出す。
「2週間後よ。大丈夫、ただの白内障手術なんだけど、念のために2日程入院するみたい。近くの総合病院よ。……今時、白内障手術は日帰りでするところもあるくらいだから、大したことないってことで、あんたには言わなかったんじゃない?」
「…………じゃあなんでお前が知ってんだよ?」
「お義母さん、あたしとお喋りするの好きだもん」
言われてげんなりとした気分になる。
そういえばそうだ。母さんは昔から麻子が好きで、俺が居なくても(むしろ俺を抜きで)麻子と出かけたり食事をしたがったりしていたし、俺に言わないようなことでも麻子には言ってたりした。
――――それって……手塚家に一緒に住むとなれば、下手をしたら麻子を母さんに取られるんじゃないか?
ふと過った思考に正直焦りすら感じる。
それくらい母は麻子を気に入っているのだ。

…………ったく、いつまで経っても恋敵は女かよ…………

苦々しい思いをコーヒーと一緒に飲み込む。
そんな俺の想いは知らず、麻子は話を続ける。
「……まぁ、親は年を取ってくるもんだし、お兄さんは相変わらず独身で仕事も忙しいから実家の面倒は任せる、なんて言ってたしね。……ご両親に喜ばれる上、あたしも家事を助けて貰えるし、一石二鳥だと思わない?」
そう言って、ようやく食べ終わった麻子が箸を置いた。
…………最後はまるで自分の都合で、というフリをしているけど、本質は両親を想っての優しさだとわかる。
更に舌を巻くのに、次男である俺の立場もわかった上で、兄貴や両親のことも全部ちゃんと踏まえた上での話だというところだ。
――――ホントに、いつまで経っても敵わない。
「…………ありがとな。母さんがすげぇ喜びそう」
「あんたは嬉しくないの?」
「…………俺はフクザツ…………母さんがお前にベッタリになりそうで。
同居することになったら、週末ごとにここに来るか」
バーカ、とくすくすと笑う麻子を引き寄せると、鼻にデコピンを食らう。
「……いやだって……麻子と二人きりの時間が減るだろ」
「『だって』だって! 子供か!」
「あのなぁ……、母さんとお前を取り合ったら、いつもお前は母さん優先だろ!」
憮然とした顔で子供のようにヤキモチを口にすれば、またデコピンされて「当り前じゃない」と宣言される。拗ねたくなる俺の気持ちもわかるってもんだろう。
「……お義母さんは、あんたを生んでくれた人なのよ。感謝しないわけにはいかないじゃない?」
「…………だからって、俺より優先すんなよ」
「ブラコンでマザコンのあんたがお母さんに嫉妬すんの?」
「……誰かさんのせいで、いつの間にか麻コンにされてたんだ!」
「ぷっ! 『麻コン』って……光くんったらいつの間にそんな言葉のセンス身に着けちゃったのかしら」
「口達者なヤツと毎日過ごしてるうちに、だ!」
子供のように噛みつけば、プークスクスと麻子が笑うから、クイッと小さな顎を掴んだ。
途端に焦ったような麻子の声がしたけれど、そのままモーニングとコーヒーの余韻の混じる口づけをした。
気持ちが高揚するままに、麻子を押し倒したくなったけれど、なんとかグッと堪えた。
その分、麻子の息が上がる程、執拗なキスになっちまったが。
クタリと力の抜けた麻子をしっかりと抱き締めて、宥めるようにゆっくり背中を撫でた。
本当に愛おしくて堪らない。
「…………ありがとな…………俺以上に家族のこと考えてくれて」
照れもあってポソリとそう囁けば、ぽんぽん、と背中を叩かれた。
「あんたの家族はあたしの家族……でしょ?」
そんなことをサラリと言われたら本当に頭が上がらない。
麻子には本当に敵わない。
いつもいつも俺を蹴飛ばして、俺と家族の一番いい形へと導いてくれる。
兄貴との和解の時も、今も。

――――いつも麻子は俺の上手をいく。

「――――俺もお前のこと、ちゃんと幸せにしたい……」
ポロリと零れてしまった本音に、麻子の手が止まった。
と、ばーか、と零れた言葉と共に、ぎゅうっとしがみ付かれる。

光があたしを幸せにしてくれてるから、あたしも光を幸せにしたいんだよ。

柔らかな麻子の声に、魂が揺さぶられるかと思った。
堪らなくて俺も麻子を抱きしめる。
きっとこれが俺たちの形だ。
大事にして、大事にされて、一緒に幸せになる。

「お前がここに居てくれるだけで、俺は幸せだから」

思わず零れた言葉に、麻子が固まった気がして思わず顔を覗き込んだ。
珍しく真っ赤に染まった麻子の顔。
やがて泣き出しそうに顔が歪んだと思ったら、俺の胸に顔を押し付けてくる。

バカ、……あたしも。

麻子の声が、直接身体の芯に響いた。
縋るように回された麻子の腕が愛おしい。
これまでもこうやって、生きてきた。
これからもこうやって、生きてゆく。
俺の幸せはお前で、お前の幸せは俺で。
大事にして、大事にされて、感謝して、感謝されて、互いに支え合って生きていく。

幸せだな。

これが俺達の、幸せの形。
これまでも、これからも、いつまでも変わることはない。



 < Fin >






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イエイエ、ありがとうございます!

しおしお様

ミッドライフ・クライシスに感想ありがとうございます!
いつも丁寧にまとめて1話から読んで下さり、感想もお聞かせ下さって嬉しい限りです!!
全然「今さら」じゃないです、嬉しいです(*^^*)
私もちょうどこの手柴くらいで、そろそろ親との距離とか考える年で、最後はそういう終わり方にさせて貰いました。
中年期ってホント、いろいろありますよね。
自分の体も少しずつ老化を感じ始める年で、仕事はそれなりに働き盛りですが、子供や家庭のこともあり……と。
まぁそんな内容だと読んでいても楽しくないだろうから、ということで、話はドラマティック仕様になっていますが、まさにそういう年のお話でした。

柴崎っていう人は、出来すぎる人なのかな、と私は思ってます。
出来すぎるけれど、他の人は自分のように出来ないことも知っている人だとも思ってます。
その上で他人に甘えるのがとても苦手で下手な人だとも思ってます。
例えば「貸しだから」で食事を奢って貰ったりは出来る人なのですけど、自分が寂しいからという理由では他人を誘えない人というか。
そういうことが相まって、このお話の柴崎は、手塚が過労で倒れてしまったのを見て、「光には出来るだけ負担をかけない」と自分を縛ってしまったのかなぁ…と。
仕事の話とかもしなくなって、負担をかけるような内容の話はしなくなって、気づけば自分で抱え込んじゃって、でもそれでも自分が潰れない限りは抱え込んでしまおうとしてしまってたのかなぁと。
なので、しおしお様も仰るように、柴崎自身は「自己犠牲」だとは思っていないんだけれど、結果としては「自己犠牲」をしてしまってるんじゃないかなぁ、と思うんですよね。
で、もし相手が手塚じゃなかったら、柴崎がそうやって抱え込んで一人ではどうしようもないところまで来てしまったことに気付かないか、気付いても柴崎を「自業自得だ」と責めるばかりだと思うんですけど、手塚はこれまで柴崎がそういう性質であることも知ってるし、本当に自分が駄目になる目前まで口に出さないことも知っているから、わかってあげられるし、何よりも「守りたい」意識の強い手塚だから守ってあげたいと思えるのだと思うんですよねぇ。
だからこそ、本当の柴崎を見つけてあげられたし、大事にしてあげられた人なんだろうなって。
郁ちゃんが手柴を「お似合いだ」と思ってたのは、見た目だけの話じゃなくて、きっとそういう性格や性質なんかも含めてそう思ってたんじゃないかと……
柴崎の足りないところ、口に出さないところを、手塚はちゃんと観察してわかってあげられていたから。
ジレジレ期は、手塚自身がどこまで踏み込んでいいのか、そこをまだ迷ってるところが大きかったですけど、このお話ではもう中年期……それまでずっと柴﨑の隣で柴﨑を守って助けてあげるポジションに居たわけだから、状況がわかればすぐに行動するんですよねー!
行動出来るところと、大事なことをきちんと言葉にできるところが手塚のいいところだと思います。
そんな手塚に十数年も傍に居てもらっていた柴崎なので、もう今となっては柴崎の方が手塚と離れられなくなっていますが、手塚はきっと気づいていないよねー(苦笑)
でも、気付いていないのもまた、手塚のいいところじゃないでしょうか。
気付いていないからこそ、必死に柴崎を繋ぎ止めようと、ちゃんと言葉にして言ってくれるから、柴崎も安心できるのだと思うし。
なので、なんだかんだで、今でもまだやっぱり、手柴は手柴のいい関係がずっとあるんだと思います!
二人が離れられるわけはないですよね!(笑)

> 「言の葉の空」の続編も私は読みたいです。
ありがとうございます。
読みたいですか?
書こうかなー。
若い手塚がガツガツ?してるかはわかりませんが、悶々としてる?手塚像は浮かんでいます(笑)
このお話では柴崎の方が年上ではあるのですが、手塚の剥き出しの嫉妬とか見てちょっと嬉しくなってるような柴崎も浮かんでいます(笑)
そういう感じのお話になりそうかなー。

今書いてる新しい話は、コメディ調を基調にしているので、内容はないよう!な何もないお話です(苦笑)
まぁ、誰もが気楽に読めるお話って感じですね★
take4.くらいで完結かな?と思ってますが、完結もクソもない、本当に山も落ちもない、ただただ「とある休日」を書いているだけなので、気楽に読んで下さいませです音符
1話1話が読み切りみたいなもんなので★(笑)

では、また感想聞かせてくださると小躍りするほど嬉しいので、気が向いたら聞かせてくださいね!
ありがとうございますww

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弓先生版、見たいみたいと思いつつ、まだ……

Sauly様

どうでもいいですが、 ( ͡° ͜ʖ ͡°) の顔イラストに驚愕しました!
こんな顔文字、初めて見た!
正直、これだけでテンションの上がっている、ツボのよくわからないツンデレラです★
いやー、面白い……。顔文字って、よくできてるなぁ、と思うやつってホントよく出来てますよねー。
ちなみに、最初のはsauly様のコピペなので、自分では作れませんが(苦笑)

いやいや、全然違う話から始まり、すみません。
毎回、見ていただけていたようで、本当にありがとうございました!
本当に、「思ってたんとちゃう!」というお話で、申し訳ない申し訳ない…とは思いつつも、こんなお話しか書けないツンデレラですので、と恐縮しつつも書き終えさせて貰いました!
リクエストがないと、こんな中高年の倦怠期風なんて手柴、妄想もしなかったので、今回のお話が書けたのはsauly様あってのことでございます!
貴重な体験をありがとうございました!
そして、いつもいつも、「リクエストとは全然違う話であるパラレル返し」というお応えの仕方ばかりで申し訳ありません。。。
よくぞ、こうやって優しく温かく見守って下さるものだ……とsauly様の優しさに感謝するばかりです。

柴崎のデレは私も好きです~ww
素直じゃなくて、顔とか全然見せないけどぽそっと言ってみたり、態度だったり、そういう素直じゃないけど可愛すぎるデレが大好物ww
柴崎のそういう可愛さを知ってるのは手塚しかないと思うと、手塚が憎い…(←ヲイ!笑)


「言の葉の空」の続き…そうそう、これもsauly様リクエストでのお話でした!(笑)
sauly様にも思い入れのあるお話のようで嬉しいですww
続き……sauly様以外にいるかなぁ、読みたい人。
居たらいいなぁ。
「言の葉の空」の手塚は若くて青いから、結構嫉妬深くて麻子さんを本当は閉じ込めておきたいけどそうもいかない、とジリジリしているようなネタが残ってたんですよねー。
でも、どうでしょうねー。
麻子さんも麻子さんで、手塚より年上だから、年上らしく手塚をフォローしていきたい意識が原作よりも強いですしね。
年齢差ある手柴ならではの、これはこれで、書いてるときとても楽しかったです。
(って、麻子さんがズタボロになってるシーンの話は重かったですけどね…(苦笑))
こちらはもう少し、皆さんの反応があるのか、それともこのままないのかで、様子見ていこうと思ってます。


弓先生の漫画、どうもそうみたいですよねー!
実は読みたい読みたい読みたい……と思いつつ、まだ読んでないのですよねぇ。。。
弓先生の図書戦を見ていなかったせいもあって、今更、イラストで見るというのは結構勇気もいりますね。
でも、原作に忠実に丁寧に書いてくださっているとは聞いていますので、読みだしたら止まらなさそうですがww
そのうち読んでみたいと思ってます。
単行本になってからかもしれないけど★((((((((^^;)

ではでは、ぼちぼちと書いていきたいと思いますので、またお暇があるときに見に来てくださいね♬

強がりの柴崎だから…

ママ様

> 麻コン(笑)
麻コン(笑)…です! 笑っちゃう、完全なる麻コン(笑)!
結婚して15年以上にもなれば、ママ様もおっしゃる様に、今じゃブラコンの影も形も無いですよ(笑)!
一方で、麻子麻子はより強固に(笑)!
まぁジレ期の時から、手塚はなにかっつーと、柴崎は柴崎はと思考はそこになってたし、結婚してずっと傍に居てくれたらもう、思考のみならず口に出す言葉も麻子麻子になっちゃいますよね、そりゃ★(笑)
生粋の麻コン人間です(笑)

> 何か噛んどけ…じゃなくて俺を噛んどけ。手塚だから言える言葉なのかな。
これは、相手の性格によるものじゃないかとも思いますねー。
堂上さんは、郁ちゃんなら「何か噛んどけ」で布団や枕を噛むだろうって思ってたんでしょうし、実際、郁ちゃんは堂上さんを噛むわけですし(笑…目の前の人を噛むって、最初読んだとき笑っちゃった私です)
一方、麻子さんの場合は、「何か噛んどけ」で「自虐的なものを噛む」と手塚は思うところがあるんだと思うんですよね。まぁ、目の前で手を噛み切ってるのを目の当たりにしてますし、自分を噛むなら俺を噛め、って思考になるのかなぁ、と。
「何か」という言葉で「自分」になっちゃうだろうと思わされる麻子さんの性癖が、手塚にそう言わせたんだろうなと思う私でした★

ママ様もおっしゃる様に、柴崎の姓に関する観念も郁ちゃんとそうは大差ないとは私も思います。
変なプライドが邪魔して、処女を奪われちゃった柴崎ですけど、そのことをずっと心の中で悶々と抱えてることからもわかりますものね!
本当は自分の身体って大事に思ってるのに、わざと口に出しては自分はそういうこと平気、もう処女じゃないし、って強がって強がって…困ったちゃんですよね(でもそこが愛おしいと思う私ですが)。
ハニートラップを本当に何とも思ってないなら、あんなふうに自分の中で悶々と抱えたりしないと思うんですよね。
本当はしたくないって思ってるってことを手塚も理解してるから、自分を大事にしろって怒ってくれると思います。
柴崎の望んでいることじゃないから。望んでないのにそういうことを平気だって自分を偽ってる自分にも気づけよっておもってるのかもしれない。
そういうあたりは、ずっと見るだけのポジションが長かった手塚ならではかなぁ…と思います。

媚薬は、まさしくそうですね、手に入らない人を無理やりするための手段でしかないと思います。
なので、手塚は媚薬でイキまくる麻子さんを見て、欲情するよりも、辛かったり苦しかったり悲しかったりしたんじゃないかなぁ。
大事に大事に体に触れてあげたいと思っている人にとっては、自分の手とは違うところで異常な状態になっちゃう想い人は、辛くて苦しいのかなって。
鮎川の媚薬がまた、いろんな女に試した挙句の、処女でも簡単にイケるような強力な媚薬だったせいもありますし。
仄かに香るだけ、とか、雰囲気を作るような媚薬だったら多分違うんでしょうけれど、手塚にとってはもう完全に媚薬は嫌悪の対象にしかならなくなりましたね(苦笑)

今回も最後までお付き合いくださってありがとうございました!
ママ様とのやりとりで、最後まで行きつくことができましたー!
本当に感謝しております。
次回は未定ですが、またお会いできると嬉しいです!


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 管理人ツンデレラが妄想の赴くままに、自由奔放に二次小説やホームパロディを書き綴っています。時々、近況をぼやいたりもします。
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