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2018.06.24 (Sun)

≪背中の靴跡シリーズ≫ 『一歩先へ vol.5』~『1つだけの願い』番外編~

≪ 一歩先へ~vol.5~ ≫背中の靴跡シリーズ『1つだけの願い』番外編

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柴崎、無事救出! ……なのに、心晴れず……






【More・・・】

≪ 一歩先へ~1つだけの願い番外編~vol.5 ≫背中の靴跡シリーズ


「なんで処罰出来ねェんだよ?」
苛立たしげな進藤の声に、冷静な緒形の声が答える。
「下人が勝手にやったこと、こちらの知らぬことだと主張されちゃあ、証拠がねェ。柴崎を拉致したのも、暴行も、実際手を下したのは鉱山労働者だからな」
「けどッ!! あれはどう考えたって須賀原伯爵家か水島伯爵家の手引きだろうがっ!!」
「……そこの証拠はないんだ」
「鉱山労働者らは上から『いい女を与えてやる』って言われたって言ってたじゃねェか!! 主犯は奴等だろ?!」
「……残念ながら証拠にならないんだ。お前だってわかってるんだろう?」
須賀原財閥は、まだ旧体制の身分差別の強く残る組織だった――――下人は殿上人のような伯爵家の人々と直接言葉を交わすことなどあり得ず、よって、どのような命令ルートで鉱山労働者にその命が下ったのかを解読するのは酷く困難だった。
須賀原伯爵夫人、及び、水島伯爵令嬢がシラを切り通す限り、二人を立証することは出来ず、当然処罰もない。
「――――あの状況……いや、今も柴崎は戦ってるんだぞ?! ……酷い対人恐怖症……元の状態に戻れるかどうかだってわかんねェだろうが! 人一人の一生が潰れるかもしんねェんだぞっ」
歯噛みするように進藤が悔しげに吐き出した言葉に、緒形も口を閉じる。
手塚と毬江と郁。その三人くらいしかまだ会える状態ではないと、人伝えに聞いている。小牧ですら今はまだ遠慮しているという。
辛うじて、事件後に目を覚まして容体の落ち着いている時に進藤は緒形と共に事情聴取の為に出向き、一度だけ柴崎に会っていた。柴崎の精神的負担を考えてイエスかノーで答えられるような質問しかしないように気遣いはしたのだが、普段の柴崎を知る二人から見れば掠れた弱々しい声で必死に答えようとしてくれた柴崎の様子は痛々しく(見目も頬の傷に当て布をしているせいで顔の半分は覆われていたし、口の中を切っているらしく口を動かすのも辛そうな様子だった)、更に気丈にもいくつかの質問に答えてくれているうちに状況を思い出したのか過呼吸を起こして中断した程だ。
どれだけの苦痛を味わったのか、想像に難くない。
なのに、主犯と思しき人物を捕えられないのだから、歯軋りするばかりだ。
「――――柴崎は強い……。それに柴崎には手塚が居る。――――小牧も言ってただろう、柴崎には手塚が付いてるから大丈夫だと。柴崎は立ち直る」
「…………保証はねぇだろう…………それにここ数日、手塚も避けられてるんだろ? あんな落ち込んでる手塚、俺ぁ初めて見たぞ」
「――――柴崎の気持ちの整理が必要なんだろう…………あの2人なら、大丈夫だ」
「…………時間が解決してくれるってか? …………他人のことなら、お前さんもよくわかるんだな」
「――――嫌味か?」
「いや? ……お前が家の事情で一方的に婚約破棄したっていう彼女もまた、もうとっくに気持ちは整理出来たんじゃねぇのかな、って思っただけさ。手塚はまだ数日だが、お前さんはもう何年経ってんだよ?」
「――――スッキリして、今頃、相応しい男を見つけてるだろう……」
「……そうだな。近々、お前に『自分に相応しい男』をお披露目に来たりしてな」
そう言うと珍しく緒形の目に動揺が走った。――――緒形の中で彼女はまだ想い人であり――――その彼女が男と一緒である姿を想像するだけで平静でいられないらしい。
思わず笑いそうになるのを堪えた。――――そう近々。それも、今日か明日か。
極秘で進藤の元には玄田から連絡があり、玄田の元婚約者の折口の紹介で、緒形を尋ねに女性が1人王宮を訪問してくる予定だと言われている。その際は緒形に気付かれないように、緒形に逃げられないように引き合わせろとの命令があり――――玄田大隊長自らが手引くとまで言っていた。
緒形自身の口からちゃんと話を聞いたわけではないが、時折ポツポツと零れた言葉の端々からなんとなく、緒形と彼女に関しては大雑把なトコロは理解していた進藤だった。伊達に長年一緒に過ごしてるわけじゃない。
――――ったく、腹括って、頭下げて迎えに行きゃいいのによぉ。
とは進藤の見解である。家を守る為とはいえ、彼女を捨てる形で自分の身を軍隊に売ったという緒形。
騎馬兵から叩き上げで、もうすぐ40歳でここまで上り詰めたのだから恐れ入る。
身分制度のあった頃でも、大将になった時点で彼女を迎えに行くに恥じることは何もなかった筈なのだが。
しばし沈黙した緒形は、なんとか話を変えようと、無理矢理話を元に戻した。
「――――須賀原伯爵夫人と姪の水島久美子嬢の処罰は、今は無理だったとしてもそのうちなんらかの形で痛い目を見るだろう。…………須賀原伯爵家と水島伯爵家には捜査の手が入ることになった」
「…………へぇ? それは『今回の事件』とは違う件での捜査ってことだよな?」
不器用な友人を、それ以上追及することは容赦してやることにする。
「ああ。――――労働者に対する人権損害に関してだ。基本的人権に関しては、新体制を敷くにあたり、最初に手塚が進めた法令だった――――既に施行されており、法律に違反していれば処罰の対象になる――――鉱山労働者達の話から、人を人とも思わない扱いを強いていた実態が明らかにされたからな。そっちを追及しながら、更に須賀原財閥の偽装貨幣についても暴くそうだ」
偽装貨幣! ――――新たな単語に進藤はパチンと指を鳴らした。
「やっぱ本当だったのか! 前から須賀原財閥が造幣した貨幣については不穏な噂があったもんな」
「そちらに関しては副宰相の方が証拠を掴んだらしい。先日のレセプションの際に呆れる程に須賀原財閥の貴金属を購入した裏には、この証拠を押さえる意味があったというわけだ。―――― 一部の金の純度がまるきり出鱈目だったそうだぞ。価値のない金属を高額な値段で売りつけ利益を貪るのみならず、しかも須賀原財閥が所有している貨幣から違法な不純鉱物を使用している貨幣も見つかったらしくてな」
「あの副宰相なら掴んだ尻尾は離さねェだろうな。恐ろしい御仁だからな。容赦なく須賀原伯爵家と水島伯爵家を完全解体するまで潰すだろう……おお、コワバラコワバラ」
「まったくだ」
頷きながら、緒形はふと思い出した。
副宰相の呟きを。
『……大事にしていたものが壊される、ということを、彼女らにも実体験していただかねば』
それは酷く静かで冷酷に響いた。
――――恐らく、須賀原伯爵夫人及び水島伯爵令嬢は、副宰相の逆鱗に触れたのだろう。


     *


…………ひかる…………

「起きた?」
覗き込んできた顔が、心に浮かべた顔ではなかったことに落胆しそうになって、慌てて顔を逸らした。
そのまま横向きから上体をゆっくりと起こす。
上体を起こすだけなのに、軽い眩暈のような感覚がして――――郁が支えてくれた。
鳩尾の殴られた鬱血も身体を動かすとまだズキズキと疼く。
「……ごめん、ありがと……。けど、もうあたしは大丈夫だから……郁は笠原家の警備に戻って」
「そーゆー台詞は、ちゃんと元気になってから言いな」
とりあえず水分摂ろう、とあたしの背中に枕を挟ませて体勢を安定させると、枕元に用意してあったコップを差し出すので受け取った。
中は白糖湯ではなく、薬湯だった。
「……毬江ちゃんも来てくれてたの?」
「うん。昨日、麻子熱出したんだよ。一時は結構高くて――――明け方まで毬江ちゃんが付いてて、あたしと交代したんだ」
「……そう……ごめん」
「手塚も付いてたよ」
突然落とされた爆弾に、ビクリ、と身体が揺れてしまう。
「~~っ、~~そ、そ…う、……」
「……ずっと付いていたそうだったけど、とりあえずあいつも一晩中だったし―――― 一旦自室で休めって帰した。ごめんね」
「~~~~ご、ごめんって、別に……」
目を泳がせる柴崎をジッと見つめてくる郁。
その視線が痛くて、逃げるように俯いて、薬湯に口を付けて顔を隠す。
苦い。
ちびり、ちびりと俯いて飲む。
郁と2人なのに、沈黙がなんだか重苦しい。
長い時間をかけて薬湯を飲み干すと、郁にコップを取り上げられた。
――――気まずい……。
と、郁が口を開いた。
「――――どうして手塚を避けんの? 『婚約解消して』とか、心にもないこと言って」
怒ったような郁の声。
あたしは顔があげられない。
「好きなくせに」
「…………ち、ちが…」
「好きなくせに! 寝言で、うわ言で、昨日だって熱に浮かされながら麻子、ずっと手塚の名前呼んでたよ!」
「~~~~っ!」
突然思っても見ない方から放たれた矢に、顔が熱くなる。
ギュッと拳を握り締めると布団にもキツク皺が寄って、郁にバレてしまう。
またしばしの沈黙が部屋を包んだ。
やっぱり破ったのは郁で。
今度は労わるような優しい声。
「――――手塚は待ってくれるよ。あいつは麻子しか居ないからね」
そんな郁の言葉にあたしは言葉を持たない。
「…………あれだけの怖い想いして――――麻子がすぐに元通りなんて、誰も思ってないよ。心に受けた傷は実際に受けた傷よりも治るのに時間がかかるって――――人に対する恐怖とか、特に男の人に対する恐怖とか…………そういうの、手塚だってわかってる。だから、今は手塚のことも少し怖いかもしれないけど、どれだけ麻子が平気になるまで時間がかかっても、手塚はずっと待ってくれる。――――素直になったらいいんだよ、ね、素直になりな! 甘えていいんだよ、手塚に。あたしにも……甘えてよ、麻子」
最後は濡れた声になった郁の言葉に、あたしは喉の奥が蓋をされたみたいだった。
身じろぐことも出来ないあたしに、優しくふわりと郁が抱き締めて来た。
触れる郁の身体が震えてる。
あたしの肩に寄せる吐息は泣いて濡れてる。
思わずあたしも目から熱いものが込み上げて――――必死に堪えるのに、溢れる。
抱き合ったまま、あたし達は泣いた。
どれだけ泣いていたかわからない。
郁の温かい身体に、優しい言葉に、あたしの気が緩んでしまったんだろう……。
意識が飛んだという意識はまるでなかったが、あたしは気を失ってしまったらしい。
…ふ、と気付けば、心配そうに泣き濡れた顔であたしを覗き込む郁の顔が目の前にあった。
ぼんやりした頭で、あれ…抱き合ってたんじゃ…? と思いながら、ノロノロと口を開いた。
「……いく?」と名を呼ぶと、郁がホッとしたようにまた泣いた。
「~~ご、ごめん! 麻子を責めるつもりじゃなくて――――よ、よか、…っ、麻子意識なくなったから、びびビックリして、…っ」
と、コンコン、とノックの音がして、毬江が入って来た。
「~~ご、ごめんね、毬江ちゃん! 麻子、今、意識戻って……だ、大丈夫そう……」
毬江も柴崎を覗き込む。
多分、泣き濡れたあたしの顔を見て何かを悟ったのだろう、柔らかな微笑みに苦笑を浮かべながら穏やかに口を開く。
「……笠原さんのお蔭で少し気が緩んだんじゃないでしょうか。……柴崎さん、睡眠も食事もほとんど摂れてないので今、体力がほとんどないから――――悪夢で発作になったり、食べても吐いてしまったりで、体力を消耗する悪循環の繰り返しの日々ですしね……。
柴崎さん、手塚さんを呼びましょう。少し生命力を吹き込んで貰った方がいいです」
「――――や……、……だいじょうぶ、だから…………それに、……て、づかは……。」
「柴崎さん」
毬江にしては珍しい、凛とした声で柴崎の言葉を遮った。
「……逃げないで。――――手塚さんが今、どんな気持ちかわかってますか? 突然、婚約破棄を言い出してからもう2日、手塚さんに会ってもあげないで。――――小牧さんがね、手塚さんの身体の心配をしてるんですよ!」
「…………え……、てづ…っ、どうし……」
焦ったせいで、呂律があまり回らない舌が詰まって咽る。
そんな柴崎を郁が優しく背中を擦ってやる。
「……食欲がなくて…………このままだと、手塚さんまで病気になっちゃいますよ」
郁が聞いていると毬江がわざと大袈裟に言っているのだとすぐにわかるのだが、今の柴崎にはそうは聞こえないらしい。――――もっとも自分が今まさにそういう状況で、心身ともに柴崎が弱り切っている証拠だ。
頬をぶたれたかのように、驚きながらも縋るように毬江を見つめる。
「――――今の柴崎さんにとっても手塚さんにとっても、必要なのはきちんと話し合う時間です。……手塚さん、単身で水島伯爵家に乗り込もうとしたらしいですよ。玄田大隊長がすぐに気付いて追い駆けたんですが、結局、止めることは出来なかったらしくてお二人で乗り込まれたそうで――――出てきた水島伯爵のご令嬢に向かって、二度と麻子に手を出すなってを殺しそうな勢いだったらしくて、ご令嬢は白目向いて失神したとかで――――まぁ玄田大隊長もいらしたので手は出させなかったそうですし、同席していた水島伯爵や伯爵夫人の前で水島家の裏事情やキナ臭い事情も言及したらしくて、水島伯爵自身が失語状態になる程だったみたいです。『あれだけ脅しとけば二度とこっちに手は出さんだろう』と玄田大隊長の太鼓判が押す状況みたいですけど。
――――ね? 手塚さんは……ご自分が犯罪者として罪を被ることになっても、柴崎さんを守りたいんです。だけど、その柴崎さんは手塚さんを切ろうとしてる……でもそれはお互いに半身をもがれてるんですよ、お二人共。だから今、お2人共が少しオカシクなってしまってるんだと思います……明らかに手塚さんも、そして柴崎さんも、精神的に不安定でいつもと全然違うんですもの。――――ちゃんとお互いに気持ちをぶつけ合うべきなんです。ぶつけて二人で、どうしていくのかをお二人で考えるべきなんです。柴崎さんも手塚さんも、一人じゃ駄目なんです!」
毬江の言葉に、柴崎は身体を背けてシーツに顔を埋めた。
そんな柴崎の小さな背中に、肩に、郁と毬江の手が優しく乗る。
「……麻子……、ね、今の麻子がこんなにも弱っているのは、手塚が足りないせいだと思うよ。――――男の人は怖いかもしれない……でも、手塚の力が麻子は必要なんだよ」
「柴崎さん、手塚さんに会ってあげてください」
2人の静かな言葉が、ゆっくりと柴崎の心に染み込んでゆく。
『会ってあげて』という言葉は、あたしの中で『会いたい』に変わる。
誰よりも会いたい顔が目を瞑っても浮かんで離れない。
だけど、同時に胸をギュウ…ッと締め付ける苦しさも湧く。
会いたい。だけど。でも。
でも。
必死に涙を堪える声音で、震える吐息で、柴崎が呟いた。
「…………こ……わ…い、…の…………」
その言葉に毬江と郁は顔を見合わす。
最後までいってはいないとはいえ、強姦された柴崎にとって、異性は怖いだろうことはよくわかる。
2人きりで会う方がいいと思うのだが、2人きりは、柴崎の精神的負担が大きいのかもしれない。
躊躇った末に、郁が(……あの、手塚と2人きりで会うのが怖いんだったら……)と提案しようかと口を開きかけた時に、柴崎の零れ落ちるような悲痛な呟きで続きが引っ込んだ。
「……きたない…っ、汚れ、たの、あたしッ…………他の、おとこ、に、穢さ…………こ、こんな、っ、き…たな、く…っ、…………ひ、ひかる…まで、汚れ…っ、けがれ、るッ」
ちょ、ちょっ…?! と柴崎の言葉を遮ろうとした郁を、毬江が制した。
普段は穏やかな毬江とは思えない大人の凜とした空気が醸し出ていて、郁が呑まれる。
「――――柴崎さん。……柴崎さんは…………男に貞操を奪われましたか」
ひっ、と郁の方が悲鳴を上げたくなった。
まさか毬江の口から、こんな明け透けな台詞が――――。
ビクッと柴崎の肩が揺れ、シーツを握り締める拳が白く骨が浮き出る。
その後、慟哭を堪えようとしてか柴崎の呼吸が急に乱れ――――身体が痙攣のように震え出して、郁が慌てて我に返って窒息死しないように柴崎を抱き起す。
いつもの過呼吸。
真っ蒼な顔でうまく呼吸の出来ない唇をわななかせていた柴崎の身体から急に力が抜けた――――意識を失ったのだ。だが、意識を失ったことで、呼吸が正常に戻り始めてホッと胸を撫で下ろす。
と、けしかけた毬江に対して理不尽な怒りが湧き上がって来て毬江を振り向いて――――毬江の強張った顔を見て怯んだ。
「……ま、毬江、ちゃん?」
「――――そうだったんですね――――柴崎さんは残念な誤解をしていたようです」
「…………ざ、ざんねんな…って……?」
青筋でも浮かべそうな毬江の顔に完全に気圧されて、呆けたように聞き返す。
「柴崎さんは、貞操を奪われてないのに!」
「~~ま、まりえ、ちゃん?」
「柴崎さんは、まだちゃんと処女なんです! わかります? 私は小牧さんから下半身の方は何も手を出されてないって、強姦は未遂で救い出せたって聞いてるんです! 手塚さんはちゃんと柴崎さんを守ってあげられて――――だから、柴崎さんは綺麗な身体まま、悩むことなく手塚さんのお嫁さんになれるんですよっ!! なのに、なんでこんな誤解が生まれてるんですかっ?!」
クワッと目を剝いた毬江の迫力に、笠原はタジタジだ。
「~~さ、さぁ…? よ、よく…わかんない、けど……」
「わかんない――――……ああッ?!」
また跳ね上がった声に、ひっ、と笠原は身を縮込めた。
「~~笠原さんッ!!」
「はっ、はいッ?!」
「結婚の儀はどうやってするものか知ってますよねッ?!」
「は…ッ、~~~~は、はいィ? え、ええっと、その、結婚の……って……」
反射的に返事しようとした笠原は、唐突な毬江の質問に一瞬呆けて――――言葉を理解するとボボ…ッ、と燃えるように頬を赤らめた。
「……え…っと、えと、……け、結婚の儀って……」
「教わりましたよね?! ちゃんと教わってますよね、笠原さんは!! ……誰に、どう教わりました?!」
キッ、と鬼教師に睨まれたように、笠原の背筋がピンと張る。
「~~はっ、え、えと、……お母さん? ……に……、その、えと……男性が女性の身体に、その、触れて、とか……」
「純情乙女のような物言いは、この際、女同士だから不要ですっ!! 触れるってナニをどう…って知ってますよね?」
ビシッ! と人差し指で刺されるだけで、後ずさりたくなるような毬江の迫力だった。
「え、えとえと! そそその、男性がそ、その、女性の大事な場所に触わ……、そ、その胸とか……に触れたりして、その、ちょっと痛いかもしれないけど我慢するとかどうとか……」
「なんですか、それは――――!!」
目を吊り上げた毬江に、ヒィィッ、と笠原は体を縮込めた。
母に叱られる幼子ような構図に、笠原は涙目になりそうだった。
だけど毬江はそれ以上笠原に詰め寄ることはなく、苛々と頭を掻きむしった。
「ああもうッ!! 笠原さんでコレ……。ってことは、お母さんの居ない柴崎さんが、男女のナニを知る訳ないじゃないですか――――ッ?!」
声の調整が上手くないとはいえ、いくら毬江でも悲鳴に近い。
オロオロしながらも笠原は宥めることすら出来ない。
「……え、え、いや、でも、……柴崎は、ほら、遊郭で生まれ――――」
「遊郭で生まれ育ったって言ったって、3歳くらいまでの女の子が『男女のナニ』がわかるわけないじゃないですかッ!!」
宥めるどころか、更に音階の上がった毬江の声に、ヒ…ッ、と笠原は縮み上がる。
「~~大体、柴崎さんが巫女としての修練を積んだのも7歳か8歳まで……。一般的な家庭では10歳くらいで男女のナニソレについて教えることが普通なんですッ!! ……その頃だと柴崎さんは忍びとしての修業中……非人だったわけですし当然結婚だとか男女の薀蓄などについて柴崎さんに教える人なんて誰も居ない状況だったんですよッ!! わかります?! こんなバカげたこと――――要するに柴崎さんは、自分の身は穢されて手塚さんに相応しくないと思い込んで婚約解消を言い出したんですよッ!! 自分は穢れてしまったからって……そりゃ女ですから恐怖やショックはわかりますッ、けど、柴崎さんは処女なんですよッ?! もちろん、もし万一柴崎さんにもしものことがあったとしたって、手塚さんのことですから、手塚さんならそんな柴崎さんを丸ごと受け入れると思いますけどっ!! 柴崎さんしか眼中にない手塚さんなのに、柴崎さんったらショックのあまり何をバカなことを言い出して…って思ってましたけど!! ~~~~けどけど、まさか柴崎さんが勝手に自分は穢れてしまってるとか汚い人間だからとか思い込んでるだなんて、思うワケないじゃないですか――――ッ?!」
キィィ――――ッ!! と目を三角にして怒る毬江に、笠原は腰が抜けたように床に座り込むしかなかった。
「まったくまったくまったくッ!!! 柴崎さんと言い、笠原さんと言い…っ、純情乙女もここまで来たら、罪ですよ、罪ッ!!! もう少し男心ってモノをわかってあげなきゃ駄目でしょう?!」
ダンッ! と足を踏み込まれるだけで、すすすすみません――――ッ! とガバッとひれ伏しそうになる。
と、ふいに毬江の声のトーンが落ちた。
「…………こうなったら、強行手段です!」
「~~~~ま、ままりえ、ちゃん…?」
恐々と尋ねる声も上擦ってしまう。
強行手段……強行手段って、何をするつもりなの毬江ちゃんっ?!
そう詰め寄りたいけれど、とても怖くて出来ない。
「手塚さんに強行突破して貰いましょう!!」
「~~ま、毬江ちゃんッ!!! ままままさか、手塚に強姦まがいの……」
怖くてそれ以上の言葉が言えない。
なのに、毬江はスルリと返してくる。
「そんなワケないじゃないですか。上書きですよ、上書き! こうなったら手塚さんに上書きして貰うのが一番いいと思います! 柴崎さんの呪縛を解く為には、手塚さんに正当な結婚の儀を柴崎さんに施して教えてあげるしかないんです! それが一番、手っ取り早くて確実で安泰ですっ!!」
な、なにが安泰なの――――ッ?!
パニくる笠原を部屋に残して部屋を出て行こうとする毬江を必死で引き止める。
「~~ちょちょ…っ、まま毬江ちゃん毬江ちゃんッ、~~まままさか手塚に『今すぐ麻子と結婚しろ』なんて言うんじゃあ…ッ?!」
「そんなこと言うワケないじゃないですか! まったくもう、何を言ってるんですか。聞き分けのない意固地な女の子に、貴女は綺麗なんだって、大人の関係っていうのはこういうモノだって、そういうことをちゃんと教えてあげて欲しいって頼むだけで――――大体、柴崎さんの心情や『性交(セックス)』に関する知識が欠落してるってこともちゃんと耳に入れておかないと、イザって時に手塚さんも戸惑って失敗しちゃってもマズイですし!
あ、もちろん私から手塚さんに頼んだりなんてしませんよ! 幹久さんから言って貰います……幹久さんなら、そういうことも全部ひっくるめて上手く手塚さんを説得をしてくれるでしょうし、必要ならアドバイスなんかもしてくれる筈ですから――――本当に幹久さんはそういうことも凄く優しくて気遣いの出来る人で――――あんな素敵な大人の男性なんて他にいらっしゃいません」
と最後はハートマーク付きの台詞をウットリと言うものだから、笠原の気が萎える。
「じゃ、幹久さんのところに行ってきますね?」とウキウキと上機嫌で部屋を出ていく毬江は、笠原に柴崎を託して、足取りも軽く廊下の向こうに消えて行った。
…………流石、人妻。貫録が違う。
残された郁は、少しズレた感想を抱きながら感心していた。
正直、『上書き』とか『大人の関係』とか言われても、郁にはまったくピンと来ない。
やっぱ、経験の差ってヤツかなー……。
この3人の中では毬江が唯一の人妻。
3人の中で一番年下ではあるが実際問題として一番大人なのは毬江だ、と、やっぱり愛は人を強くするんだねぇ、なぞと郁は妙に納得しつつ、今の状況を打破する為に、毬江にすべてを委ねようと思ったのだった。



……To be continued.





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05:10  |  *『図書館戦争』二次小説  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

★ですよねぇw

ママ様

そう思いますよねェ……3人の中では毬江ちゃんが恋愛に関しては一番大人ですよね。
毬江ちゃんだけは、本当に心から好きな人に対して、失恋もして、「本気の恋愛経験値」が一番あるんだと思うんですよね。
良くも悪くも、本当に好きな人に対しては「大切な感情」が自分の中で生まれる訳で、嫉妬だったり、悔しかったり、悲しかったり、その一方で、期待だったり、望みだったり、希望だったり……そういう葛藤を1つ1つ乗り越えてきているので、やっぱり大人なんだと思うんですよね。
郁ちゃんも失恋はいっぱいした、といいますけど、所詮「俺より背の高い女はちょっと」という断り文句を言う程度の男の子に対する恋心だったわけで、そう言われて「そうか…」と引き下がる程度の想いだったと(言葉は悪いけど)言える経験しかないわけですから、やっぱり毬江ちゃんみたいに「恋人が居ても、やっぱり諦められない…」というような感情での経験値とは桁も思いの深さも全然違うと思うんですよねー。
柴崎に関してはもう、予防線張りまくって、ほぼこういう「本気の恋愛」の経験値はゼロだと私は思っています。
だからというか、なんというか…………本当は3人の中で一番恋愛に疎くて初心だなって思うんですよね。「自分の恋愛」に関してですけどね! 他人の恋愛に関しては本当に良く見てきた柴崎なので、他人の恋愛についてとか客観的に見て、とかいうことに関してはもちろん3人の中で一番目は肥えてると思いますけど(苦笑)
当事者の恋愛、に関しては、一番柴崎が駄目だなって思うんですよねー。
まぁ、それをいえば手塚も同じなんで、結局そこらへん、とてつもなく不器用な2人で愛おしいワケですけど(←完全な贔屓目(笑))

男性陣は、手塚は一応童貞設定ですが、ちゃんと知識は入れてます(笑)
堂上さんは…………多分、実践経験は少ないながらもアリの想定です。過去に彼女が居なかったワケではない気もしますし(郁ちゃんと出会う前にね)
まぁでも、男所帯、精鋭部隊の中で、イロイロと話もあるだろうし、たまには実践の場に連れて行かれたり…なんてこともあるかもしれないし(苦笑)
このお話では、小牧さんは元カノなしの毬江ちゃんと幼馴染婚約者だったので、堂上さんより場数少ないかもしれません(ヲイ)
とはいえ、毬江ちゃんの前で恥をかかないように、小牧さんのことだからしっかりと身に付けてコトに及んでいるとは思いますけど(笑)

> 柴崎は原作でもそういう女子の会話はしてきて無さそう。
ですよねー。
「柴崎に話したら『今頃ソレ?』とか『今更そんなこと?』とか言われそうだよねー」「経験豊富そうだもん」「言えないよねー」とか勝手に想定されて、女子的なこっち方面の話は敢えて振られないような気がする。
このお話の中では、ママ様も仰るように[遊廓で産まれ育ってるから知ってるわよね]って当然そうだと思われてます(苦笑)
本人も(コンプレックスもあって)「あたしは遊郭育ち…」ということを隠してないですしね。
けど、実際問題は毬江ちゃんの気付いた通りで、郁ちゃんよりも知識ないんじゃない?!と思ったんですよねー。
まさか、稲嶺大老が教えるとか…はちょっと考えられないし(苦笑)
まぁ、幼いながらも遊郭での思い出で、仲間の女性が結構露出の高い恰好だったり、裸で男性と抱き合ってたり、キスしてたり、とかいう場面はちょこちょこと見ていたかもしれないけど(意味はわからなくても、『そういうこと』=性交、と勝手にインプットしちゃう誤解の原因にもなってたかもしれない)。

> 水島伯爵家に乗り込んだ手塚を玄田大隊長だけど本気で止める気はあったんだろうか。止めるふりだけだったんじゃ無いでしょうかね。
はーい、そう思います!(笑)
一応、手塚を止める体裁だけとってこれ幸いと乗り込んだのでは(笑)
玄田大隊長の地位をもってしても、なかなか伯爵家まで乗り込むってことはまだ難しい時代だと思うし、手塚の訪問なら受け入れるかもな、的な便乗意識もあったんじゃないでしょうかねぇ?(苦笑)
そして、しっかりと釘や布石を打っておく玄田大隊長♪ 流石です~~!(笑)

> LaLa本誌が背中合わせの二人に突入。
マジですか?!
いや~~読んでないんです、ごめんなさい。
弓版は、映像化してあの激甘を更に激甘化していたので、あまりに恥ずかしくて読んでいないのです(苦笑)
でも、流石に「背中合わせ」まではしないんじゃない、と実は思っていました。
「背中合わせ」はだって、本当に「手柴」の話なんで…………堂郁の出る場面が少ないから★
まぁ、弓先生独自で、「背中合わせ」中の堂郁オリジナルいちゃつき場面満載でお届けくださるかもしれませんが(笑)
そうか、「背中合わせ」を映像化してくれるんなら、ちょっとlala読もうかなー(*^^*)
辛い場面もありますが、最後は幸せになるのがわかってるしwww
手柴のゲロ甘を映像化して見る、っていうの、これまで出来なかったことだし、かなり興味が↑↑↑↑↑
情報ありがとうございますー♪
きっと堂郁ファンも楽しめるように、弓先生ならではのものを挟みながら(?)丁寧に描いて下さるんでしょうね~!(*≧▽≦*)

ツンデレラ |  2018年06月25日(月) 10:20 | URL 【コメント編集】

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