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2018.03.23 (Fri)

≪背中の靴跡シリーズ≫ 『1つだけの願い』~vol.23~

≪ 1つだけの願い~vol.23~ ≫背中の靴跡シリーズ

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筒井づつの手柴の回想、いよいよ佳境。





【More・・・】

≪ 1つだけの願い~vol.23~ ≫背中の靴跡シリーズ


舜国創立祭で神への祈りの舞を踊らせていただくという大役を果たした後――――時折、慧殿下に呼ばれることが増えた。
慧殿下の前に参上する時はどうしても萎縮するが――――あの流鏑馬の時の慧殿下の記憶は、どうやら本当に白昼夢だったようだ。白昼夢だとしたらなぜあんな夢を見てしまったのかわからないが――――慧殿下はいつも穏やかで紳士的で、そしていつもとても疲れていらっしゃった。極稀に、本当に何か病気なのではないかとあたしも心配するような感じの時もあり、あたしはいつも、慧殿下に癒しの舞を所望され、踊って差し上げるのだった。
慧殿下の御身体に光を注ぎ込んであげる為だけに召し上げられるのに、光ったらなぜかいつもとても気にしていた。退出して廊下に出ると光に出くわすことも多くて――――「兄上とどんな話をしたんだ?」とか「何をしてるんだ?」とかとにかく根掘り葉掘り聞きたがる。
癒しの舞を踊るだけなのに毎回そうやって聞いて来るから、ちょっと意地悪したくなって、光が繋ごうとした手を無視していたら(なぜか慧殿下の部屋から出たあたしの手を、光はギュッと繋ぎたがるのだ)「~~~~っ、麻子は兄上が好きになったのか?!」とか突然聞かれて唖然とした。
…………何を言ってるんだか…………、と少し隙が出来た拍子にギュッと手を握られて――――光の顔がなんだか泣きそうな顔になっていたから「バカねぇ」と笑って、繋いだ手に力を籠めた。
「慧殿下が所望されているから癒しの舞を踊ってるだけよ。そんな突拍子もないこと、考えたこともないわ」

――――この時のあたしは本当に知らなかったんだけど――――あたしを慧殿下の第二夫人に、という話が急浮上していたらしい。それは国王陛下や国妃陛下の耳にも入る程の現実味を帯びたもので……光の耳にも入っていたのかもしれない。
黄国の姫君との仲が上手くいっておらず――――それも原因は黄国の姫君の『物の怪憑き』のせいだとの噂があり――――黄国の第一王女でありながら御子が望めない御体になっている、という話だった。
その一方で慧殿下は現黄国国王陛下には大層気に入られており――――慧殿下の政治手腕が酷く認められ、信頼も厚く、黄国の内政に関することですら慧殿下の意見を求めることもしばしばだという。舜国が黄国の傘下に下るならば、ゆくゆくは慧殿下を宰相として慧殿下と黄国との姫君との間に出来た御子を国王としてたてると言う話まで出ていると言う。
もちろん、この話は『慧殿下と黄国の姫君との間に出来た御子』の話だ。
だが、第一王女は物の怪憑きの病に冒され、第二王女は幼い頃に病死、第三王女は先日不慮の事故で死んでいた。そして、現在黄国の王妃陛下もまた病に冒されていると言う――――。
そんな中で、慧殿下とのお子を第一王女との間に出来た子として認められれば――――という話が出ているというのだ。その話の立案者は慧殿下自身だと言う噂もあった――――というのも、そういう話なのであれば今すぐ御子を身籠れる年齢の女性を選ぶべき、と言うことになる筈が、慧殿下自らがあたしを所望しているというのだ。
「…………かの国(黄国)は闇が強く――――光強き者でなければ絶えざらん」と言って。
慧殿下はご自分の目であたしを見定めるために、あたしをお召しになっていると噂されていた。

知らなかったあたしは、呼ばれては舞を踊って差し上げた。
最初は本当にそれだけだった。
それが両手の数を往復してしばらくしたある時、踊り終わって退出しようとしたあたしは傍に寄るように声をかけられた。戸惑いつつ、お傍に近づく――――だけどやはり慧殿下へ近づこうとすると、酷く萎縮してしまう自分が居た。
一生懸命気持ちを奮い立たせてお傍に寄る。
「……いつもありがとう……」
そう言う慧殿下はとても穏やかで優しい顔をしているのに、酷く嫌な胸騒ぎがした。
「…………いえ……あの、…………あの、お役に立てて……嬉しい……です……」
「……お役に立てて……ね。もっと役に立って貰えることがあるんだけど…………いいかな?」
「……~~あ…っ、…………あの…………な、なん…で、しょうか…………」
微笑む慧殿下の顔は光に似ていると言うのに――――背筋が凍る程怖くて――――声まで震えた。
更にニッコリと優し気な笑顔を零したのに――――あたしは震え上がった。
「…………もっと…………麻子の、光(ひかり)が欲しいな」
す…っ、と音もなく慧殿下の手が伸びて来て――――あたしの胸元の合わせを開いた。
慧殿下の指が触れた瞬間――――バチリッ…、と火花が散るかのようにあたしの中から光が溢れた。

――――ほんの、一瞬――――……だけど、慧殿下の顔に確かに闇が見えた。
魔の闇は光(ひかり)に苦悶し――――だけど一瞬で消えた。
光(ひかり)が拒絶した時に弾け飛ばされたあたしは――――そのまま咄嗟に部屋から飛び出た。
怖くて。
ただ、怖くて。

廊下に光(ひかる)が居て――――光(ひかる)の周りだけがとても明るく温かく見えて、思わず光にしがみ付いた。

「~~ッ?! どう……、兄上と何かあったのか?!」
光がそう聞いて来たけれど、必死に首を横に振った。
怖くて怖くて、とにかく逃げ出したかった。
光は、慧殿下の部屋へ何度も視線を彷徨わせた後、慧殿下と話すよりもあたしを落ち着かせる方が先だと思ったのか「……どうしたんだお前、すっごく冷えてる…………お日様の当たる所に出よう」ってあたしを抱き上げて外に出た。
日が当たって、でも通る人達からは見えない庭の隅であたしを下ろして座らせた。
体中の震えが止まらなくて――――座らされて、衣服が乱れているのにも気付いたけど上手く直すことも出来ない。
それこそまだ胸なんか何もない(笠原の言うところのツンツルテンな)あたしだったから、光が直してくれて――――冷たいあたしの両手をギュッと握ってくれて、「…………なにがあったんだ?」と聞いて来た。
特に何かされたわけでもない――――こともない(衣服が乱されたといえばそうだ)……が、考えてみれば単に衣服の胸元の合わせに指を触れられただけだ。今から考えればまだ7、8歳の幼女だったあたしだから――――セクシャルな意味で身体に触れたのだとは思い難い。もちろんその時のあたしはそんな意味も知らなかったから――――慧殿下が何の為に服に手をかけたかなんてまったく想像すら出来ない話だった。
よく考えれば何か理由があってのことで――――あたしさえ怖がらなければ、ちゃんと教えてくれて、何もなかったのかもしれない。
怖くて部屋を飛び出したのは、あたしの勝手な行動だ。
慧殿下は…………あたしの…………光(ひかり)が欲しい、と言っていた。
あたしの中の光(ひかり)を貰うつもりだった、と考えるのが筋で――――人の身体の中に宿る光(ひかり)を貰うなんていうことが出来るのかどうなのか――――あたしはわからない。
でも、慧殿下はその方法を知っていたというのだろうか……?
何か方法があって――――それはあたし自身に何かを施せば出来るようなことだったのだろうか?
だから服を脱がせようとしたのだろうか?
…………わからない…………
光(ひかる)の尋ねることに、上手く答えられなかった。
言い淀んでいるあたしを辛抱強く待つ光――――黙ったまま2人で座っていたら、騒々しい足音と共に江東が現れた。
ドキッとしたけれど、白昼夢の時のようなことはなく――――江東は焦ったようにあたしを見ると腕を掴んだ。
「~~麻子っ! すぐ慧殿下のところに戻るぞッ!!」
引き摺られそうになるところを、光が江東の腕を掴んで叫んだ。
「待てッ!! 江東伯爵ッ!! 麻子は今、俺と話をしてるっ!!」
「残念ですが光殿下の御言葉は聞けませんな。麻子は先に慧殿下がお召しになったのです。それをこいつが勝手に逃げ出して――――慧殿下は寛大な御方だからお前を待ってくれてるんだッ!!」
江東があたしを睨みつけて――――ただただ頭が真っ白になった。
連れて行かれることが怖い…………。
必死に光(ひかる)が止めようとしてくれる。
「兄上とは俺が今から話に行く…ッ!!! 江東ッ、その手を離せッッ!!!」
光の言葉に一瞬江東が止まって――――凍り付くような笑みを浮かべた。

――――と、突然、ゾワリとさっきまでとは違う江東に――――江東の中で禍々しき何かが…………と思った途端、光(ひかる)の手が江東の腕から弾き飛ばされるように飛び――――身体ごと地面に叩きつけられた。
あたしはと言うと、怖くて――――ただただ怖くて、何が何だかもわからないが、さっき慧殿下に放ったような強い光(ひかり)のエネルギーの塊が溢れ、江東の手をあたしから弾き飛ばした。
解放されたあたしは咄嗟に放った光(ひかり)のエネルギーに頭がクラクラしたけれど――――「光ッ…」と倒れた光の傍に駆け寄る。光は痛そうに顔を顰めていたけれど「~~~~な…っ、なんだ、…今の……」と呟きつつ、小刻みに震える自分の身体に「~~ち…くしょ…う…っ…」って唸っていた。
光が無事でホッとした。
ようやく江東を見れば――――上手く表現できないけれど、江東と江東でない者が江東の中で次々に入れ替わっているようだった。
江東であって江東でない何かは今もまた恐ろしい。恐ろしいけど――――光(ひかる)を背に庇えば不思議と白昼夢の時のように恐怖に憑りつかれることはなかった。それに、江東があたしを掴んでいた指が――――光(ひかり)のエネルギーのせいなのか溶け落ちるように霞んでいるのが見えたせいもある。
…………アレハ、光(ヒカリ)ニ、弱イニチガイナイ…………
本能が告げる。
――――大丈夫、光(ひかり)の力を使えばきっと、立ち向かえる――――
……と、江東が江東として落ち着いた。指先は赤く腫れ上がっているがちゃんとした人間だ。
ゴクリ、とあたしの喉が鳴った。
…………怖い…………だけど、大丈夫。
身体の中に流れる光(ひかり)のエネルギーを集める。自在に使えるようになった力――――もし江東がまた闇の力を使ったら対抗してみせる。
江東の挙動を一瞬でも見逃さないことだけに意識を集中する。
「――――流石麻子だ。……史上最年少にして最強の光の力を持つ巫女。私はお前を誇りに思っているよ――――そしてお前のその力を慧殿下は欲してらっしゃるのだ。お前が寄り添うべきはその第二王子ではない。次期王位継承者であらせられる慧殿下こそがお前を必要とされているのだ」
「…………そんなこと…………そんなわけ……ない。…………だって、慧殿下も光(ひかり)の力に弾き飛ばされたもの。慧殿下は光(ひかり)の力をお嫌いな筈だわ!」
「そんなことはない。いつだってお前は、癒しの舞で慧殿下に光(ひかり)の力を注いで差し上げただろうが? 慧殿下は光の力を欲していらっしゃる――――」
「~~~~そ……っ…」
…………そうだ。…………合点がいかないのはそこだ。慧殿下は癒しの光を確かに受け入れていらっしゃった。
……………………どういう…………
思考に沈みかけた時、江東にまた腕を掴まれた。
痛みは走ったけれど、確かに人間の力――――江東、だ。
必死に暴れれば、腫れ上がっている指先はやはり相当痛むのか、あたしを掴んだ手から力が抜けたので、あたしは無様に尻もちをついた。
江東はあたしをギロリと睨むと――――大丈夫な方の手を振り上げて、あたしの身体が吹っ飛ぶ程の力で頬を殴った。
「麻子…ッ!!!」と光(ひかる)が呼んだ声が辛うじて聞こえて正気に返った。痛いと言うよりはジンジンと痺れて熱くて――――何をされたのか理解も出来なかった。
我に返って見れば、憤怒の形相で江東が近づいてくる。
光(ひかる)も必死にあたしに駆け寄ろうとして――――
「止めろ、江東」
静かな声が、空間に響いた。
似つかわしくない穏やかな声。
ハッとして見れば、慧殿下と――――異国の服を着た人間。今から考えれば黄国の魔道士の正装だとわかるのだが、その時のあたしはそんなことも知らなかった――――ただ、ゾワリとその黒装束の人物に鳥肌が立った。
…………ドクン、ドクン、と不気味に鼓動が跳ね上がり――――ただただ嫌な感じ。
慧殿下があたしに追い付くよりも先に、光(ひかる)が駆け寄ってあたしを庇った。
「~~~~あ…兄上…ッ!!! お話がありますッ!!!」
「……なんだ、光?」
慧殿下はどこまでも穏やかで――――優しく光を見つめた。
光は慧殿下の目を見て――――でも躊躇うように視線を外し――――だけど意を決したようにまた慧殿下をしっかりと見て、緊張した声ででも確かにキッパリと言い切った。
「~~~~俺……、俺、麻子が好きです…ッ!!!」
――――――――え?
突然の言葉すぎて――――咄嗟にあたし自身理解が出来なくて――――瞬いて見た光の横顔は、頬も首筋も耳朶も何もかも真っ赤で――――じわじわとあたし自身の身体も熱くなる。
「~~だからっ! 麻子は渡せない……渡さないッ! ――――いくら兄上でも麻子だけは絶対にダメです、やれません…ッ!!!」
光の言葉に胸がさっきまでとは違うドキドキで激しく脈打った。いきなりの――――こんな話になるなんて、思ってなかった。なのに慧殿下が更に話を違う方へと捻じ曲げる。
「お前が麻子と添い遂げて、それが舜国にとってなんの意味がある?」
「…………しゅ…舜国に、とって……?」
「そう、舜国にとって、だ。お前と麻子が結ばれて、それでお前達はよいかもしれん。――――だが舜国は? 舜国は現在も尚、黄国から狙われておる。こんな弱小国――――黄国が本気で攻め入れば1日で陥落だ。そうならぬように私は黄国との婚儀を受け入れた。和平の道の礎となる為――――そしてそれだけではなく、黄国を操れるだけの力を私が手に入れられたとしたら、上手くいけば私が黄国をも牛耳れるかもしれんのだ。そこまで考えての決断――――私の力が認められれば舜国と黄国の対等状態での合併も夢ではない――――そしてその夢はもう夢ではなくなろうとしている。私の力の元、二国が一つとなり、技術の進歩の凄まじい黄国に舜国の資源が利用出来れば、我が国はますます発展するであろう。
その為の一歩として私は黄国の闇を受け入れたのだ。――――お前がこの地で恋愛ごっこに現を抜かしているうちに私がどれ程の手を回し下して来たかわかるか?
婚儀とは簡単なものではない―――― 王族である私達は一国を背負っているとの自負がなければならぬ。お前もゆくゆくは舜国の為に利益ある花嫁を迎え入れるのだ。――――それが王族として国に対する責務――――そうだろう?」
「…………そ…っ……」
「自国の巫女を第一夫人として招き入れるつもりだったなどと甘えたことをよもや考えていたのではあるまいな? 王族なら最低限での帝王学でも学ぶべきことだが」
「……………………」
光(ひかる)の勢いが急速に萎んだ。――――それをとやかく言うつもりはない。あたし自身もよくわかっていることで、もしもあたしが王族の第二、第三夫人にさせて貰えたならばそれだけで身に余る光栄だと言うこともわかってる。――――そんな夢のような話なのに、光の…とまで考えたことがあること自体が恐れ多いことなのだから。
――――光に――――好きだ、と言って貰えたことだけで、もうあたしは十分すぎる程の、一生分の幸せを貰ってしまったくらいだ。身に余る光栄、なんて言葉で言い表せない…………。
慧殿下は、大人しくなった光を見てふ、と笑みを浮かべると静かに言った。
「私には、麻子の力が必要なのだ。麻子の光(ひかり)の力がな」
「~~そ…ッ…それはっ!! それなら他にも巫女が――――兄上に見合った巫女もおります…ッ!! 兄上が御子をお望みになった時に御子を産める巫女が……」
「おやおや…お前の耳にまで入る程、下人達は下衆な噂をしていると見える。まったく困ったものだ――――。
その噂の間違いを正しておこう。私は今すぐ御子を欲しているわけではない――――確かに王女殿下は恐らくは御子には恵まれぬ――――だがまだ婚儀して数年で違う女との子を御子として迎えるなぞということに首を縦に振るような王女陛下でもない。物の怪憑きとはいえ王女陛下であらせられる時はどこまでも高慢で自尊心の高い王女陛下だからな。
だから私もこの10年程は黄国の為に必要な人材としての私の地位を築くことに専念するつもりだ――――来るべき時に国王に相応しいだけの度量を認めさせるだけの軌跡を残しておかねばならんからな――――御子はその後で良い。丁度いいことに王女陛下も物の怪に憑りつかれ徐々に弱ってらっしゃるからな、10年後くらいに麻子が御子を産んでくれれば理解も出来ずに首を縦に振り、何もかも上手くいくであろう。
麻子でなければならぬのは、そこなのだ。物の怪に憑りつかれる女であって貰っては困るからな。麻子の光の力をもってすれば、現在の黄国に蔓延る闇にも耐えることが出来るだろう」
そういうと慧殿下の口角が上がった――――急にゾクリと背筋が震えた。
冷たい――――冷酷を形にしたような微笑みだった。
光(ひかる)は気付かなかったようだ。覚束なく揺れる視線で――――なんとか糸口を掴めないかともがいてるかのように言葉を紡ぐ。
「~~~~でも…っ、…ですが……っ! ……そんな…………黄国に蔓延る闇、なんて…………」
「信じられぬか? ならば――――」
一気にあたしの身体が総毛だった。
光(ひかる)の身体に何か闇の塊が襲いかかろうとして――――あたしの中の光(ひかり)の力で必死に防ぐ。
真逆の力に空間が歪み、光の身体はその反動で跳ね飛ばされた。
「光…ッ!!!」
光は倒れたまま動かない。
無事を確かめたいけれど駆け寄ることが出来ない――――気を逸らせば闇の力に一気に襲われる。
…………と、ビクン…ッ、とあたしの身体が反応した。
慧殿下の中に、慧殿下でない何かが、居た。
闇――――呪詛とかそんなものじゃない――――実体。
禍々しくて闇よりも深い闇。
魔。
慧殿下の中に、慧殿下でない何かが、居る。
――――と、慧殿下が横に控える魔道士に合図した。
すると、魔道士の中にも魔道士でない何かが蠢いて――――呪詛を始めた。

――――光(ひかる)……を狙ってる……?

ほんの僅かの動揺が隙となり、あたしは闇の力に弾き飛ばされた。
闇に全身の光(ひかり)が吸い取られる感覚。――――必死に闇を払いながら身を起こそうとしたら、あたしを抱き起す手があった――――慧殿下だ。
…………今は、本当の慧殿下だった。
「…………凄いな……麻子の力は。闇の力にも屈しない光の力――――まさしく私の求める力だ」
「……さ…とし、殿下…………慧、殿下、は、江東は、一体――――なぜ、闇を…………」
思わず問う。
江東であって江東でない者が、江東の中に居た。慧殿下も然り。そしてその魔道士も――――……。
それがすべての元凶なのではないか。
「…………闇は力だよ、麻子……。光と闇は表裏一体――――光が力ならまた闇も力なのだ。……ただ、私のように光の強い者には毒が強すぎてな…………光と闇は共存出来ぬものらしい。闇の力を使えば私自身に戻った時の消耗が凄くて動けぬのだ」
「……な…………どう…いう……」
「闇は黄国の西の果てに封じられていた力だ。舜国との境近くにある朽ち果てた神殿――――その神殿に纏わる伝説を知ったのはまだ私が今のお前達くらいの頃だ。
神殿に眠る力を手に入れれば――――黄国と対等の力が得られるかもしれぬとずっと想像はしていた。まさか本当に手に入るとは夢にも思わなかったことだがな。
空想は空想として、現実は現実として私は舜国の為に考えていた。
東の黄国は強大な超大国だ。舜国なぞいつ踏みつぶされるかも知れぬ。
黄国と婚姻が出来れば――――その後黄国に上手く取り入ることが出来れば、舜国は舜国として安泰であろうと考えたことも嘘ではない。
私は無事に黄国と婚約を果たし、黄国領土に足を踏み入れる機会を得た――――そして昔空想を働かせた神殿が実在し、黄国にも同様の伝説があることを知ったのだ。…………伝説の真意を知ろうと突き動かされたこと自体、あるいは運命だったかもしれん…………私は多大な犠牲を払って神殿に眠る古代の神獣四天王を手に入れた。四凶とも呼ばれる伝説の神獣だよ。
伝説は伝説ではなかった。
そこで私は世の理(ことわり)も知ったのだ。神は神であるが故に魔を要し、光は光である為に闇を要す……相反するものは相反するのに必然だと言うことをな。この世も然り――――【混沌】こそがこの世の摂理だと。
この世は実であり虚なのだ。国は国でありながら国という実体を掴むことは出来ぬ。だがその実体のない国は実体を持つ民の為にある――――しかしその国とて、その建国からして混沌だ。舜国を作った王は、舜国の民ではないし、黄国を作った王も黄国の民ではない。だが建国の王はその国の王となり以後その国を守る為に存在する。
ならば舜国は舜国であり黄国は黄国だと誰が決めた? 黄国が舜国を呑み込めると言うのなら、逆も然りだろう。
……この世は【混沌】なのだよ。
混沌を受け入れれば、人はこんなにまで身を軽くする――――我であり我でない我を認めた私は、神獣の力を手に入れた。私は私であり私ではない――――見よ」
言うなり慧殿下は慧殿下でない『なにか』になった。――――途端、考えるより先にあたしの身体の中に存在する光のエネルギーが急速に膨れ上がり――――あたしはそのエネルギーを『慧殿下であったもの』目掛けて全力で放った。
妖魔の断末魔のような悲鳴が一瞬上がり――――それは『慧殿下』に戻った。慧殿下に戻っても、あたしの光の力に苦痛を浮かべながら耐えている――――。
あたしの光の力は、浄化の力へと変化して慧殿下に纏わっているのだと気付いた。浄化の力に苦しむなぞ――――光多き王族ではもはやない。慧殿下は自身の持つ光(ひかり)の力で、あたしの浄化の力を捻じ曲げようとしたらしい。慧殿下を襲っている光(ひかり)が慧殿下の元から乱反射し始め、あちこちに散乱し始めて――――それらの光が江東や魔道士を襲った。
元々自身が持つ光の力は弱い人間達なのだろう、二人共のた打ち回るように苦しみ出す。
…………マズイことに魔道士の呪詛が不完全ながら発動を始めた――――光(ひかる)に対するものだったらしく、渦を巻くように迷走しながら、だが光(ひかる)の方へ向かって放たれる。
「~~~~ひかる…ッ!!!」
呪詛を浄化しなくちゃ――――そう思うのに、光(ひかり)を放つ為に踏み出そうとした足は力なく崩れ、地面に倒れ込んだ。目だけを必死に動かして光(ひかる)を見つめる――――光(ひかる)に向かう呪詛に、辛うじてあたしが放った浄化の光は当たったものの、呪詛を浄化するに及ばない。呪詛を消すことが出来ないばかりか、更に呪詛は渦巻き広がり、制御不能だ。

…………な…ん、とか…………ひ…かる、だけ…は…………

まるで力の籠らない身体。
必死に立ち上がろうとするのに、虚しく指が地面を這うだけ。

――――と、激痛と共にいきなりあたしの身体が起き上がった――――のではなく、慧殿下があたしの髪を掴んで持ち上げていた。
…………ちがう……慧、殿下、…じゃない…………
意識も薄れそうになる中、『慧殿下でないもの』を必死に見ようと目を凝らす。
見れば、慧殿下の眉尻当たりから黒い血が滴っていた。ううん、それだけではなく……あちこちから……。
ああ、と思う。
…………ひと、じゃない…………慧殿下はもう…………人でなく、妖魔…………【魔】そのものだ。
不完全な浄化のせいで制御出来ずに彷徨っていた古の闇の呪詛を慧殿下は引き寄せると、自らの負の感情を混ぜて何かを呪詛に注いだ。
普通の妖魔じゃない――――他人の呪詛にこんなに容易く干渉することなど普通は出来ない。
――――そんなことを冷静に思うあたしが居て――――まるで心が通じているかのように『慧殿下でないもの』が嘲笑うように冷酷な笑みを浮かべた。
「……そう……イイね、お前。幼くとも冷静で賢いな。お前のような人間を食えるもんなら喰らいたいんだ。お前が『光(ひかり)の塊』でなければ今すぐにでも食えたのに――――こいつ(慧)と同じくらい、お前はイイ……残念だよ、喰えないことが。
俺は俺であって俺でない――――その呪詛の主でなく主でもある――――だから俺の命をこの呪詛は聞くのさ。
そっちのチビ(光)の記憶を抜くためのものだったが――――お前のせいで、俺の手足の一部が死んだ。そっちに転がる二人(江東と魔道士)はもう役には立たん。
――――本当に、お前を喰えればいいんだがな。俺はお前になってお前が俺になれれば――――だが、お前は『光の塊』だ。俺にとって非常に危険な存在でもある。非常に危険な存在なのに非常に魅力的なのだ。だからお前の逸材に敬意を表してお前に選ばせてやろう――――闇に毒され我が牙にかかるか、死ぬか――――。…………死ぬことなく生き延びるならば、いつか俺がお前を喰らってやる――――俺の血肉となりお前は生きるがいい」
言うなり、呪詛があたしの身体を貫いた。
気が狂いそうな痛み――――いっそ殺してくれればと懇願する声も出ない。

「…………あ……さ、こ…………」

狂気の渦巻く中、ぽつん、と聞こえた声。

底なしの闇の中に落ちていたあたしに――――光(ひかり)の滴が落ちてきたように、それは聞こえた。
途端に、どこに残っていたのかわからない光(ひかり)が――――巫女の証の水晶が太陽のような光の塊となって弾け飛んだ。
『慧殿下であったもの』を弾け飛ばし――――慧殿下から噴き出した血糊に触れた瞬間、水晶が割れた。
その欠片があたしの片目に飛び込んだ。
一瞬の輝き――――光(ひかり)は消え、闇に包まれる。
一面の闇。
何もかもが闇で、あたしの身体の中も外も真っ黒だった。
あたしは闇になって――――だけど、その目だけはあたしの目で――――あたしは全身全霊の力で光(ひかる)を見た。
倒れていた筈の光が起き上がろうとしていて――――あたしの姿に驚き、恐れ――――そして、目に涙を浮かべながら駆け寄って来る。

…………ひかる…………

ごめんね。
傍に居られなくて。
でも、見てるから。
ずっとずっと、光のこと、見てるから。

幸せになって。

幸せになって。

それがあたしの願いなの。

泣かないで。
悲しまないで。
あたしのこと、忘れて。
あたしのことなんか忘れて、幸せになって。

闇に落ちる寸前、光があたしを抱き締めた感触がした。
それを最後にすべての感覚が凍り付き闇となる。
――――闇に落ちたあたしに、天からの囁きが聞こえた気がした。

…………お前の願い、聞き入れた…………

神の声か魔の声か。
…………わからないけれど、暗く冷たい闇の中で、あたしは微笑んだ。
良かった。
心から良かった、と。

あたしのことを忘れて、すべてを忘れて、光が幸せになってくれたら…………

後悔はなかった。
だって、あたしが今生の最後に見たのは光の姿で、最後にあたしを抱き締めてくれたのも光で――――これ以上の幸せなんかなかった。
――――死の淵に立ったあたしは――――とても幸せだったのだ。



……To be continued.



********************



光(ひかる)と光(ひかり)が混同してややこしい……「ひかり」の方は「光り」とした方がいいのかもしれませんね(((((--;)
とりあえず、ややこしそうなところは()で書いていますがややこしくてすみません。
というわけで、過去編終了、と言いたいところですが、もう少し、麻子が忍びとして生きながらえるところを書いて過去編終了とさせてもらうつもりです。
さぁいよいよ現実に戻ってきて、お話も後半です!
ここまでずっとお付き合い下さっている皆様には、本当に感謝しています!!






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05:10  |  *『図書館戦争』二次小説  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

★ホントですね~!

ママ様

光殿下に向けて最初に魔道士が放った呪詛については、麻子が必死に光を放って軌道を乱した感じになってます(((((^^;)
わかりにくくてすみません(><;)
その際に麻子が倒れてるのは、なんせ、慧殿下の部屋で、江東に腕を掴まれた時に、と無自覚ながらかなりの光りの力を使ってるので体力的な限界と思って貰えれば……(光りの力=生命力、でもあるので…)
なので、魔道士が放った呪詛に麻子の光りがあたったせいで、呪詛自体が乱されちゃって暴走していたものを、慧殿下(の中の闇の魔物)が引き寄せて今度は麻子用に呪詛を捻じ曲げて、麻子に呪詛を刻み付けた、という感じです。
こういうシーンって、漫画とかで描けるとわかりやすいんでしょうねぇ。。。って、単に私がちゃんと書けてないだけなんですが((((((--;)
いや~わかりにくくてスミマセン(><;)

慧殿下は口ではいろいろ理屈付けていますけど、本当のところは私もよくわかりません(ヲイ★)
まぁでも、わかっているのは、慧殿下をもってしても、魔に食われかけてるってことですね。
光殿下の記憶が飛んだ一番の原因ってのも実は私もよくわかりません(ヲイ★)
その辺はまぁ…いろんなことが複合して、光殿下にとってはあまりにショックだったってことも大きかっただろうし(なんせ目の前で麻子が呪詛にやられて死んだかに見えただろうし、麻子を殺したのが兄の慧だった訳で、その慧も最後の麻子の力でふっとばされて死んでるかもしれず…という状況だったので(もうちょっと言えば、江東や黄国の魔道士も死にかけてる)、流石に7,8歳の子供の光殿下の記憶がショックでなくなるには十分かな、とも思いますし。なので敢えて「○○が原因で記憶がなくなった」ってしなくても、記憶がなくなるには十分な出来事ではあったかなーと思ったので、そのあたりはあまり追求しませんでした。てへ。(てへ、じゃねぇ!(苦笑))
まぁでも、事件のことだけじゃなくて、麻子の全部を忘れたのは、麻子の願いでもあったかもしれないし、記憶を奪う呪詛の余波にあたったのかもしれないし、麻子のことを覚えてること自体が辛いくらいショックだったからかもしれないし…………まぁわかんないけど記憶がなくなってるってことでご容赦下さい(苦笑)。

> 麻子は子供の頃に光殿下の命(記憶)を救い、大人になって自分の為の薬を麻子の為に使って麻子を救った光殿下。どちらもがお互いの命を救った形になってるんですね。
これは、ママ様に言われて「おおっ」って思っちゃいました★
いや、書いてますけどあんまり考えてなかったトコロを気付いて言って貰えると、自分でも感動しちゃいます★(苦笑)
そうですね、お互い、小さい頃からずっとお互いのことを一番に思ってずっと傍に居たんですよね。
それは大人になっても(記憶がなくても)、やっぱり(無自覚でも)一番であって…………その結果、気付けば互いに互いの命を守り合ってる関係なんですよね。
いや、改めてそう言って貰って、しみじみ、このお話の手柴はそういう二人なんだと実感させて貰いました!
ありがとうございます。

ようやく次回で回想編は終わるつもりです。
現実に戻って、いよいよお話も後半。
半年以内には終わりそうかなww


ツンデレラ |  2018年03月24日(土) 06:55 | URL 【コメント編集】

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 |  2018年03月23日(金) 20:40 |  【コメント編集】

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