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2018.02.23 (Fri)

≪背中の靴跡シリーズ≫ 『1つだけの願い』~vol.19~

≪ 1つだけの願い~vol.19~ ≫背中の靴跡シリーズ

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過去の記憶が錯綜する手塚は、酷い頭痛に見舞われ意識が薄れ……。





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≪ 1つだけの願い~vol.19~ ≫背中の靴跡シリーズ


…………お前…………麻子、だろ……?

突然、そう呟いた手塚に驚いて――――顔を上げたら、真っ蒼な顔の手塚の身体がグラリとあたしの方に傾いてきて慌てた。
必死に支えようとしたけれど、体重差はいかんともしがたく、二人して地面に倒れ込む。
慌ててなんとか上体を起こして手塚を覗き込んだ。
苦しげに眉間に皺を寄せている顔は真っ蒼だった。
…………闇の力がまだ体内に残ってるんじゃ…………。
眼帯を外して光の力を集める。
今のあたしの身体の中で、唯一光の力が集まる場所――――他の場所ではもう、意識を集中しようにも闇に掻き消されてしまう。
――――なのに、集めようとして――――ほとんど光の力が集まらない。
自嘲の笑みが浮かぶ。
浄化の力として発揮する程の光の力がもう自分の中にはないのだ。
――――流石にそろそろ…………命が尽きるわね。
ううん、本当はもう尽きたのだ。
もう終わった命――――だけど手塚が命甦丸を飲ませてくれて、辛うじてこの世に繋ぎ止められた。
命甦丸とは、光のエネルギーを凝縮した粒。1粒作るにも10年とか20年と言われる代物だ――――司祭や巫女達が自身の光の力を毎日少しずつ注ぎ込み、溢れ出す直前に突然凝縮して形ある粒になる。1粒にそれだけの光の力が含まれているものだからそれだけの光の力を受け取れる人間にしか使えない……だから直系の王族――――王位継承者にしか渡されない代物だ。与えられれば命が尽きようとしていてもその光のエネルギーの分生き延びられる。与えられた光の力を使い切れば死ぬ、所詮その効力は泡沫だ――――むしろ、よくここまで持ったと言っていいだろう。元々あたしの体質が、異様に光の力を産み出したり光を集めたりする体質らしく、呪詛に喰らわれても喰らわれても光の力が尽きなかった為にここまで生きて来られた。自分でも信じられないくらいよく生きたと思う。その寿命も尽きたのに、手塚が命甦丸まで使ってまたあたしに光のエネルギーを注ぎ込んでくれたから、またあたしは光の力を繋ぎ繋いでここまで生き延びたんだろう。
それももう、自分の身体を動かすためだけしか残ってはいないらしい。その力を集めて操る程の力がもうあたしの身体には残ってない……。
――――ったく、史上最大の力を持つ巫女とまで言われたあたしが、自分の身体に残るすべての光を操れないなんて情けないわよね。あたしの命そのものを手塚に託せなくてどうするの。
心の中で自分を叱咤しながら身体に残る光の力を集めようとするのに、あたしの中は静まり返ってる。……手塚に光の力を注ぎ込んであげることが出来ないことは明白だ。
気持ちを切り替えると手塚の身体の様子を探る。手塚の頬や手先に触れてみた――――大丈夫、温かい……。
闇の力に冒されて、屈して倒れたわけではなさそうだった。
ようやくホッと溜息を吐いた。
大丈夫そうだと思うと、安堵と共に……今の自分達の体勢に気付いてドキッとした。
手塚があたしに向かって倒れ込んで来たから――――2人して横倒しになっているのだが、手塚の方があたしの上に乗っている部分が多くて身じろぐのもままならない。
特に手塚の頭があたしの腰あたりにあって――――手塚の息遣いすら身体に感じるかのようで――――……
~~~~っ、~~ったく重いじゃない…ッ!
必死に悪態を思い浮かべて目を逸らした。
ドキドキと胸が煩くて――――あたしに触れてる手塚の耳には聞こえるんじゃないかと思うと気が気じゃない。
必死に身を捩ってあがいてみたけれどビクともしない。
あたしがこんなに身じろいでいるのに手塚がまったく動かなくて、――――また心配になって手塚を覗き込む。
顔色はさっきよりは少しマシになっていたけど、眉間の皺はくっきりと刻まれている。
…………苦しいのかな。…………腕が痛むのかしら…………。
労わるように少し手塚に腕を回してみた。
「…………手塚……? …………痛むの……?」
静かに声をかけてみたら――――手塚の呼吸のリズムが少し乱れた。
ふいに手塚の腕があたしの身体に回って――――抱き締められる。
「~~~~ちょ…っ、手塚! 起きてるの…っ?!」
思わず上擦ったような声をあげてしまった――――ドキドキと心臓が飛び出そうな程煩くて焦る。
手塚はそのままピクリとも動かなくて――――しばらく見守っていたけどそのまま。
~~~~ううう嘘……っ、こ…こんな…体勢…っ、~~~~ほ…本当に寝てる…の…?
硬直したみたいに緊張している自分の身体とは違い手塚の方は穏やかで――――よく見れば背中が吐息のたびに規則正しく緩やかに揺れている。
~~~~ちょっと……、なななによ…っ?! なんなのよッ?!
また必死に抵抗してみようとしたけれど、やっぱり手塚の重みで動けない。
今度は手塚の顔さえ見えなくなった――――手塚の顔があたしの身体にくっついてるせいで。
~~~~なによっ、寝てるんじゃないわよッ!! ~~~~人を抱き枕にして…ッ!!
必死に悪態を思い浮かべて、この状況をやり過ごそうとしてみたけど、ドキドキと煩い鼓動は治まらない。
こんな体勢で寝落ちられたら――――……。

と。

…………あさこ…………

微かに、そう呼ばれた気がした。
ドキリ、と鼓動がひと跳ねし――――ふいにさっきの手塚の言葉も甦る。

…………お前…………麻子、だろ……?

――――まさか――――思い出したのだろうか。
手塚は思い出してしまったんだろうか。
急に気持ちが冷える。
思い出しちゃ駄目。思い出さないで――――……。
冷静に見つめる手塚は、やはり身じろぎもしない――――本当に眠りについてしまっているようだ。
少し躊躇って――――やがて、祈るように手塚の頭をそっと包み込む。
――――お願い、思い出さないで。
思い出したらきっと手塚は苦しむ――――。

お願い。
神様。

あたしが死んだ日のことを、手塚に思い出させないで…………。

     *

幼い日を共に過ごしたあたし達。

王宮はあたしの居場所じゃない気がして――――ともすれば殻に閉じ籠っていたあたしを引き摺り出したのは光だ。
最初は苦手で。
…………だって、なぜだか見られたくない姿を晒している時に限って光は現れたから。
初対面で思いっきり泣き顔を見られた。――――本当に情けないやら悔しいやら、もう二度と会いたくなかったのに『光殿下』はわざわざあたしに会いに来た。
光殿下が望めば、あたしは会わざるを得ない。
…………気まずかった。
敢えてつっけんどんに返答して嫌われるように仕向けた。
王子様として育てられた光殿下に、あんな物言いはさぞかし腹が立つだろう――――わかっててそういう態度を取った。思った通り光殿下は腹を立てたようで――――なのに、なぜだか教会に顔を出す。
あたしは光殿下には会わないように、それとなく気を付けて避けていた。
なのに、教会でぶっ倒れていたあたしをその光殿下が見つけたって言うんだから神様は意地悪だ。
その日は祖母の命日で――――なぜだか気持ちが落ち着かなくて…………祖母や母のことが頭から離れなくて、気持ちが重くて暗くて、一心不乱に鎮魂の舞を神に捧げた。だからどんな風に倒れていたのかも何もかも記憶にない。
…………どうしてこう――――光殿下ってば、タイミングが悪いんだろう…………。
光殿下に助けられたなんて、本当にバツが悪い。
もう二度と会いたくない――――なのに、なぜか会いに来る。
二度目に会ったのはそのぶっ倒れた翌日で――――朝のお勤めに出ようとしたあたしは、司祭や巫女に止められて部屋で休むようにと言われてしまった。
自分で勝手なことをしておいて、迷惑かけて、挙句にお勤めまで出来ないとか不甲斐なくて情けなかった。
償いのつもりで、皆が王宮の教会でお勤めをしている間にひっそりと旧教会の掃除をしていたら、光殿下がひょっこりとやって来たのだ。
「……調子悪いんだろ? 無理しないで部屋で寝てろよ」なんて言うから、悔しいやら情けないやらで反骨心が湧く。
「…………もう大丈夫です。無理なんかしてません」
「でも司祭は『麻子はまだふらついているから、今日のお勤めは休ませました』って言ってたぞ」
「~~~~大丈夫ですっ!! 掃除くらいは大した仕事じゃないし…っ!!」
「でも、お前、さっきから床を拭きながらはぁはぁして……」
「大丈夫ですっ!!」
かぁぁっと顔が熱くなる。立ち上がって別の場所へ移動しようとして――――立ち眩みがしてよろけた。思わず床に手を付く。
「……ほら……、……おい、大丈夫か?」
覗き込んで来る光殿下に、情けないやら恥ずかしいやら……だけど貧血のせいなのか視界はまだ薄暗くて逃げ出すことも出来ない。
「……やっぱり休んだ方がいい。お前、すっごく辛そうな顔になってる――――誰か呼んで来る」
「~~や…っ!! ヤダっ、止めて…ッ!! あ、あたしが勝手に掃除だけでもって――――皆は休んでいなさいって言ってくれて、皆は優しくて、だからこれはあたしのせいで――――自業自得なのッ!! ~~~~だから皆には言わないで――――心配も迷惑もかけたくないの…ッ!!」
「だけど――――……」
「~~お願い…っ! ~~お、お願い…します……」
不甲斐なくて情けない自分に涙が零れそうになった。これで泣いたらどれだけ光殿下に醜態を晒すことになるのか――――そんなの絶対嫌だと必死に堪える。
光殿下の前に跪き平伏したら、慌てたように光殿下が「~~わかった。~~その代り、今すぐ部屋で寝ろ。いいな?」なんて言うと、あたしを抱き起そうとするから焦った。立ち上がろうとするとやっぱりクラクラと立ち眩みが凄い。だけど光殿下が支えてくれていて――――同い年と聞いていたけど、ふらつくあたしの身体なんかにビクともせず治まるまでずっとあたしの身体を支えて――――ようやくあたしの身体が落ち着いたのを見ると、あたしの手から雑巾を奪いバケツに入れて持つと、もう片方の手はあたしの手を取った。
「――――歩けるか?」
「…………大丈夫です」
――――立ち眩みさえすぎれば後は普通に歩ける。だから「手なんか繋がなくていい」「手、離して下さい」っていくら言っても放してくれなかった。
違う意味でクラクラする……王子様にバケツ持たして、掃除してた汚い手を握られるとか考えられない。
水道の前を通った時、雑巾を洗って戻しておきたいって主張した。
光殿下は首を傾げて――――片付けるあたしを、その時だけは手を離してジッと見ていた。雑巾を干していると「それ…使い回すのか?」なんて聞いてきたから、きっと掃除なんかしたことがないんだろうと思う。
だって、王子様だもの。
だけどその王子様は、雑巾を洗い終わって片付けを済ませたあたしの手を、またしっかりと握った。
だから慌てて必死に「もう大丈夫です、1人で歩けます! ちゃんと歩いてたでしょう?!」って言ったけれど「……なんか心配だし――――それに歩き方もどっか頼りないから」って放してくれない。「心配無用です」って返しても「麻子の大丈夫は信用出来ないから」なんて偉そうに言って、結局部屋までずっと手は繋がれたままだった。ううん、ベッドに横になるまで繋いだ手を離してくれなかった。

苦手だ、と思った。
光殿下は苦手。

ベッドに横になったのに部屋から出て行く気配がなくて「ちゃんと寝ろよ?」なんて覗き込まれる。
「~~~~っ、寝るから出て行って下さい!」って言っても、「ちゃんと寝るのを確認するまでは居るから」なんて言って聞かない。
こんなに誰かに構って貰った経験がなかった。――――だから困る。
母はずっと仕事だったし祖母は身体が弱くてほとんど寝たきりだった。
あたしが病気になっても、一人でポツンと寝ているだけだった。
だからこんな風にずっと誰かに傍に居られるとか、どうしていいのかわからない。
ソッポを向いて、布団を頭から被って隠した。
出て行く気配のない光殿下。
お互い沈黙したまま――――……。
気まずい時間は長く感じたけれど、やはり身体は本調子じゃなかったみたいで、いつしかあたしはそのまま眠ってしまっていた。

その時のあたしは、本当に光殿下は苦手だった。
大人にばかり囲まれて育ったあたしは、同い年くらいの子供に慣れていなかったせいもある。
でもそれだけじゃない。
元々住む世界が違う人間だ。
意識も考え方も常識も何もかも違う。
相容れる訳がない。

お互いに。

なのに、そう思うのに、光殿下は時間を見つけては会いに来る。
会いに来ては困ったことばかり言うようになった。
神教のことだけじゃなく「俺にも掃除をさせろ」とか「料理ってどうやるんだ」とか。
まだ3、4歳という頃――――普通の子供ならなかなかさせて貰えないようなことも、王宮に来る前のあたしはせざるを得なかったからそれなりに身に付けていた。
あたしが大人に交じってそういうことをするのを見ると、光殿下は無邪気に興味が湧くらしい。
でも光殿下には絶対に必要のない知識――――「光殿下には不要です」「こういうことは下人達のすることで光殿下がすることじゃありません」っていくら言っても「もったいつけずに教えろ」とか「お前に出来て俺に出来ないとか、俺が嫌だし」とか言って聞かず、本当に訳が分からない。
こういう仕事は王族の世話をする人達の仕事で――――王族の人達はそれをして貰うのが当たり前だからと何度言っても「~~~~とにかく、お前が出来ることは俺も出来るようになりたいから!」と譲らなかった。
その辺りは頑固というか意固地というか――――要するに引くことを知らなかった。
……まぁ王子様が他人に対して引くなんてことはないだろうから、そういうものなんだろうけど――――その内容に頭を抱えるしかなかった。

多分、光殿下にとっては、貧しい育ち故にあたしが身に付けたことが珍しかったんだと思う。

あたしの母は娼婦だった。
(江東家の人々は口を噤んで隠していたが)江東家が裏で手を回していた大きなお店で働いていたのだ。娼婦達の数も多く、皆で共同生活を送る店だった。祖母は店に来た時にはもうほとんど床に就いたままの状態だったけれど、皆が世話をしたり面倒を見てくれたりしていた。母はそれもあって、他の人よりも余計に働いていたのかもしれない。
祖母は元々は下級貴族出身だったが、巫女としての力を認められて王宮付きの巫女に召し上げられ(それなりに力は強かったようで上位等級の巫女にまでなったそうだ)――――紆余曲折の末、江東家の第三夫人となった。
祖母は美しかったけれど身体が弱くて――――母を出産したことで完全に身体を壊してしまったのだそうだ。ほとんど床から出られない祖母はもはや江東家にとって重荷でしかなかった。せめて生まれた娘(母)が巫女としての力があればそれなりに江東家の力になるかもしれないということで屋敷に置いて貰えたかもしれないが、成長してもやはり母は祖母と違い巫女としての力を全く持たない子供で江東家の発展の役に立たないとみなされた。
――――表舞台に立てない母娘は、こうして江東家の裏の場所へと追いやられたと聞いている。
母は15歳であたしを産んだ。
初潮が遅かった母は、まだ避妊というものを知らず――――娼婦にはあってはならないことだが身籠ってしまったらしい。
気付いた時にはもう母のお腹の中であたしはすっかり大きくなってしまっていて堕胎も出来なかった。娼婦仲間達が「まだまだ先の長い子だから」「この子は店でも一番人気の娘だから」と必死に庇ってくれ、祖母も病床の身を押して頭を下げ――――主人(オーナー)から、生まれたあたしは江東家の好きに使っていいとの誓約をさせられた上で了承され、なんとかあたしを産めることになったのだそうだ。
母は、江東家への負い目と祖母だけでなくあたしを育てる為にこれまで以上に働かなければならなくなり、祖母は母の妊娠騒動の心労もあってますます身体を悪くして起き上がれない日がまた増えた。
だから、生まれたばかりのあたしを、娼婦仲間達が代わる代わる世話をしてくれた。お蔭であたしは無事に成長して――――3歳になる前にはもう、自分のことは自分で出来るようになっていた。
それに加えて、祖母の食事の面倒を見るのもあたしの仕事だった。
元々巫女だった祖母は光の力を生み出す力があったからだろうか、ずっと床に伏せっていたけれど、あたしが3歳になる直前までは細々と生きながらえていた。
祖母が死んだのはあたしのせいかもしれない――――あたしが高熱で2日も寝込んでしまったから。
祖母はあたしが特に役に立たないような小さい頃でも、あたしが傍に来てくれると楽になる、と言っていた。今考えれば、光を生み出す力が強いあたしだから、特に何をするでもなくても祖母の癒しになっていたのかもしれない。
自分が寝込んでいた2日間のことは何も覚えていない。ずっと床からも起き出せずに眠り続けていたんだと思う。
2日目の夜に目を覚まし、酷い喉の渇きになんとか這うように炊事場まで行き震える手で水を飲んで――――そうだ、おばあちゃんにも水を持って行ってあげようと思って、いつものようにベッドに横たわったまま死んでいるおばあちゃんを見つけた。
――――その時のあたしは、祖母が死んでるとは思わなかった。
いつものようにおばあちゃんの上体を起こして上げようとして掠れきった声でおばあちゃんと呼びながらおばあちゃんに触れ――――ふらふらだったあたしはそこで力尽きて倒れてしまって――――発見された時は大騒動だったそうだ。死んでいる祖母と瀕死のあたしを見た母は半狂乱だったと後で聞いた。
何も食べられずに脱水状態が酷かったあたしはまたその後しばらくは意識もなくて――――なんとか床から出れるようになった時には祖母はお墓になっていた。
お墓の前に立って、しばらくは茫然としていた。
あたしのせい? あたしがお世話してあげられなかったから――――……。
母はあたしだけでも生きててくれて良かったと言ってくれた。
あたしがかかった病気は、世間で大流行していた黄高熱病だろうってことだった。国中に広まり死者もゴロゴロ出ていたそうだ。感染してはマズイから、と、今回ばかりは娼婦達もあまりあたしの面倒を見てくれなかったらしい。
祖母の死因は黄高熱病ではなく衰弱死だったよ、と言われたけれどそれは慰めにはならなかった。
麻子のせいじゃないよ。麻子はおばあちゃんのことをよく見てくれていたし…………お母さんだっておばあちゃんのこと、あんまり見れなかったから……。
母はそう言ってくれたけれど、祖母があたしの病気中に死んだことはやっぱりあたしには苦しかった。
もしいつもみたいにお世話してあげていたら、祖母の異変に気付いてあげられたかもしれない。その時に何か手を打っていたら祖母は死ななかったかもしれない。
でも、もうお墓になってしまった祖母に今更何もしてあげれられることはなくて――――代わりに、今回のことで少し身体を悪くした母をなんとか助けてあげたいと思って、母や娼婦達からこれまで以上にいろんなことを教えて貰った。――――殊更、料理は熱心に習った。お金がなくても食べ物を調達出来るようにと店にあった畑の世話も一生懸命した。
まだあたしはお店に出ることは出来ない――――だからその分皆を助ける為に、お店の掃除も率先してやったし、何かあたしでも母の手助けになるようなことがしたくて――――たまたまお客さんから「当たってる!」と褒められた占いを始めてみることにした。占いと言っても特に何をするわけでもなくて――――お客さんが尋ねたことをお客さん自身に重ねてみて、お客さん自身がその問いに対して光輝く具合を見て答えるだけ。それだけなのだけどあたしの言ったことが当たっているとお客さんは大金をくれたりもした。そのうち評判が良かったみたいで、ひっきりなしにお客さんが来るようになった。
あたしを【未来が見える少女】なんていう人も出てくるようになったけど、あたしは未来が見えるワケじゃなくて――――そうじゃくて、その人自身の持つ光の導きについて話し答えてるというのが本当だった。
――――もっとも、普通はそんな光は見えないんだって。
知らなかったから驚いたけれど、娼婦達と話をしているうちに、なんとなくあたしにもわかった。
そのうち、あたしの占いのことが江東の耳に入り――――巫女としての才能があるとのことで、王宮に江東家が入り込むチャンスだということで身元を引き取られ、連れて来られたのだった。

だから、光殿下が羨むあたしの知識というのは、あたしにとっては下の下の生活をしていた貧民だからこその知識で――――本当に困る。
だから、ますます光殿下には会わないように気を付けたし、会いに来ても必死に一線を引いた。

光殿下は、あたしみたいな人間とは違う存在。

ううん、そうじゃない。
本当は――――あたしが、こんな場所に似つかわしくない人間なんだ。


苦手な光殿下。
だけど、避けてもやって来るし、わざわざ会えるように手を回したりする。
光殿下が望めばあたしは会わざるを得ないし、教えを乞われたら教えてあげなくちゃならない。
…………物珍しいからやってみたいだけ、ただの気まぐれとか戯れだと思っていたけど、光殿下は下人がやるような仕事にも真面目な顔で一生懸命取り組んだ。
雑巾の絞り方とか箒の使い方とか。薪のくべ方とか。野菜の切り方とか。……果ては庭の隅で栽培している野菜の収穫とか、育て方に至るまでなんにでも興味を持って知りたがる。真っ直ぐで。
苦手だな、嫌だなって思ってたのに――――真面目な顔で真剣に取り組んでいる姿は微笑ましかった。やってみることがあたしより下手くそにしか出来ないと異様に悔しがって、上手く出来るようになるまで何度もあたしを付き合わすのは面倒臭かったけど、気付けば毎日のようにやって来るようになった光殿下が嫌じゃなくなっていた。そのうちたまに光殿下が来ない日があると(……今日は来なかったな……)なんて気になるようになり…………慌てて、これが普通だから! 普通王子様はこんなところに来ないから! と自分を叱咤したりした。
ある時、本当に5日くらい顔を出さない日があって――――もうきっと戯れに飽きたんだと思うと、なんだか心にポッカリと何かが足りないような気になった。もちろん、そんな自分を気にしないようにいつもの通りお勤めや仕事に精を出し――――だけど、夕刻になればもうやることもなくなって、ポカリと時間が空き……ここに来た最初の頃によくそうしていたように教会の隅っこでポツンと神様の像を見つめていた。
それはなんだかとても広くて、自分がとても小さい気がして…………少し怖くなって膝をキュッと抱えたら、突然扉の空く音がして――――明るくて暖かな光と共に「……やっぱりここだった! ただいま!」と笑って駆け寄って来る子が。
今日の光殿下は絵にかいたような正装――――完全な王子様姿。
突然登場した光殿下に惚けたように見入ったあたし。光殿下はそんなあたしにお構いなしに隣に座ると「……泣いてた?」なんて覗き込むから「~~~~そんなわけないでしょっ!」って慌ててソッポを向いた。……王子様に対する態度じゃない。だけどなんだか顔が熱くて光殿下の顔が見れなかった。
だけど光殿下はそんなあたしを気に留めず――――「良かった、見つかって」と笑うと、国王陛下と共に家族で東の黄国を訪問していたと話してくれた。黄国はあたしでも耳にしたことがあるくらいの大国だ。石を使った重厚な建造物が多くて街でも聳え立つような高い建物があり、空がなんだか小さく見えたと教えてくれた。……あたしの知らない世界。興味深くて、光殿下の見てきたものの話に聞き入っていた。黄国の王宮の話も凄くて――――舜国の王宮ですらあたしにとっては眩しい場所なのに黄国の王宮はすべてが黄金だというんだから――――想像も出来なくて、やはり王族っていうのは凄い世界の人なんだな、と思った時、ふと光殿下が口を噤んだ。――――と思ったら急に引き寄せられてあたしの肩に顔を埋めたから驚いた。
「――――光殿下? お疲れですか? 王宮に帰りましょう?」と声をかけたら脈絡もなく「……麻子はいい匂いがする……」と言われて戸惑った。――――洗濯の匂いだろうか? それとも料理? ――――っていうか、そんなことをしているあたしはむしろ服が汚くはないだろうか?
「光殿下? あの……あたし汚いかも……その、離し」「嫌だ」
言葉の途中で遮られた。逆にギュウッと強く抱かれて焦る。
「あのあの…っ! せっかくの御召し物がっ」
「いいからしばらくこうしててっ!!!」
ある意味、珍しい光殿下の駄々だった。
黙って抱き締められるまま、どれくらい経っただろう……。……やがて、ぽつりと光殿下が零した。
――――黄国は凄かったけど、ちょっと嫌な感じだった、と。
なんて答えたらいいのかわからなくて――――黙ったまま、抱き締められていた。
やがて、またポツリと光殿下が零した。

――――麻子がいい…………。

それだけ。それっきり黙ったまま――――そのうち、疲れていたんだろう、眠ってしまった光殿下はとても重くて支えられなくて(もちろん、あたしの力で持ち上げるなんてとても出来なくて)――――あたしを探しに来てくれた巫女に見つけて貰って光殿下は運んで貰った。
それからしばらくして、黄国の姫君との縁談が持ち上がったらしいと耳にした。
まだ互いに幼いから、ということで締結はしなかったそうだ。
だけど。
――――光殿下は、あたしとは住む世界が違う。
それだけはよくわかって――――だけど、またポカリと空いた自分の気持ちがなんなのかはよくわからなかった。



……To be continued.



********************



ようやく、柴崎の過去編。
このお話、初の【柴崎目線】です。
柴崎と手塚の幼い頃の話が、このお話の土台になっているので、過去編…長くなりそうです((((((^^;)
チビの頃の話なのかー…とガッカリされる方も多いかと思いますが、チビ柴崎とチビ手塚がコロコロじゃれてる感じを想像して読んで貰えば、可愛くて楽しいと思うのですが…………すみません、ただの私の趣味と言われても仕方がない★(((((((^^;)
過去編終わると、お話も後半になりますので、土台の部分を温かく見守って下さるとありがたいです。





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05:10  |  *『図書館戦争』二次小説  |  TB(0)  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

★相変わらずいろいろと鋭いですね★

ママ様

いろいろ鋭いコメントありがとうございますww
そうなんですよね、柴崎目線なので(いくら柴崎とはいえ子供なんで)【手塚に下々の生活を体験させる】ということはある意味、将来上に立つ者にとっては有益なことも多いわけなんですが、柴崎の思考的には王族の人がこんなことしないって思っているので【光殿下が自分と同じことをしたがる】というのは驚愕で強烈なインパクトなわけです(笑)
でも、傍に居る大人達(司祭や巫女頭クラス、あるいは手塚の両親)なんかは、まぁそういうことを体験するのもいい、と思って温かく二人を見守ってそうな気がします。
そうですねー。子供の頃の手塚は負けん気強い(笑)
丁寧語を使わなきゃって、自分は下だって思ってはいるけど、柴崎もまた負けん気が強い(笑)
切磋琢磨しながら成長していく2人は、原作ではタスク入りたての頃の手塚と郁ちゃんのよう?(笑)
でもこうやって、子供同士ってこの頃はこの2人だけなので、一緒に居る時間が増えるにつれてお互いが一番になっていった感じを想像してます。
まぁその辺のことは、これから(ちょっと長い過去編で)書いていくと思います。
なんせ手柴なんで、子供の頃だし原作以上に『お互いにとってもわかりやすい』のに、何故かお互いにそのことには触れない…………そこは子供とはいえ一応の『ジレ期(?)』(笑)
子供だから普通なら【好き】って相手にすぐ言っちゃいそうなのに(笑)
お互いちょっと張り合ってる感じが強いから(意地っ張りだし)、言えないのかしら(苦笑)
まぁ柴崎に関しては、子供の頃なので、自分の気持ちをまったくわかってない、という感じもあります。あ、手塚もか?(ってそうだともう、ジレジレしかないことに…(苦笑))
そういうあたり、大人に囲まれて育ってきた2人なんで、しかも柴崎に関しては周りの大人がまともな恋愛をする状況ですらなかったんで、【恋愛】というモノ自体をまったくわかってないかもしれません(なんせ母子家庭育ち★父解らず…)。

> 手塚に対して縁談は大国故の驕りで無理強いさせられそうにでもなったんでしょうか。
そんな感じです(笑)
> この縁談が決まってしまったら慧という跡継ぎがいる訳だから下手をしたらお婿に行くことになってたかもね。娘をやるからうち(黄国)の属国になれって感じで黄国の思惑が透けて見えるようだわ。
まったくその通りです(笑)
鋭すぎますママ様(笑)
舜国(手塚の国)としては、手塚の父の考えでは独立した国で居たい、と思っているので、光を人質のように黄国に永住させるような事態にはさせたくないということもありますが、黄国の申し出を邪険に断るには弱小国すぎて出来ず【保留】として帰って来ました。そういう感じで、もうママ様の仰る通り過ぎて怖かった(笑)
結局、手塚は郁ちゃんと許嫁にさせたことからもわかるように、黄国の姫様との婚約はなくなります。そうなるのはもうちょっと後で、過去編で書いていくので…………

後、ママ様も書いて下さっていましたが、柴崎の祖母巫女は、もっと力のある貴族の第二夫人とか第三夫人とか、もしくは司祭と婚姻していればもっと違う未来があったと思いますね。
寝たきりで娘(子ども)も使い物にならないからって、【極潰しを育てていけない】と追い出されることはなかったでしょう(一応、巫女としての才能はないのかと、9、10歳くらいまでは江東家で育てられた柴崎の母ですが、なんせお母さんには才能がなかったんですよねー。江東家の血筋のせいじゃないの?と私は思っていますが)。
また、もし息子を生んでいたら、遊郭に送るという発想にはなかったかも…………なまじ娘(柴崎の母)が見目麗しい女性へと成長していきそうだったから、【娘は使える】と思われてしまったのかもしれない…………。
江東家設定としては、江東家は古くからの貴族ではあるのですが、只今貧困中で、遊郭は江東家きっての稼ぎ場だったもので…………。江東家の財産を支えていたのが、遊郭商売だという完全な没落貴族ですねー。(決して表に言えない商売で、他の貴族は、あんな状態でよく江東家は潰れないものだ…………なーんて思っていそうです)
柴崎は隔世遺伝かな(苦笑★ご都合主義(笑))

というわけで、まだまだ続くよ、過去編★なのですが、また覗いてやって下さいませ~~~~


ツンデレラ |  2018年02月24日(土) 06:09 | URL 【コメント編集】

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