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2017.04.27 (Thu)

≪背中の靴跡シリーズ≫ 『ひとり寝る夜の明くる間は』~vol.57~

≪ ひとり寝る夜の明くる間は~vol.57~ ≫背中の靴跡シリーズ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
  歎きつつ ひとり寝(ぬ)る夜の 明くる間は
   いかに久しき ものとかは知る
         右大将道綱母(53番) 『拾遺集』恋四・912
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【More・・・】

≪ ひとり寝る夜の明くる間は~vol.57~ ≫背中の靴跡シリーズ


不覚にもまた、見られてしまった。
まったく、穴があったら入りたい――――羞恥の極みだ。
何度やらかせば気が済むんだ俺は!

つい麻子を抱き締めたまま眠ってしまっていた。
ようやく麻子を見つけて、安堵のあまり気が緩んだせいで疲れが一気に出たんだろう。
俺もこの3日間ほとんど眠れてなかったから――――……なんて言い訳にしかならない。

自分の醜態に頭を抱える。

宮澤医師が車のドアを開けた音に目覚めて飛び起きた。
だが、時既に遅し。
慌てて麻子を包み込むように回していた腕を離して距離をとったけれど、驚いたような顔をしていた宮澤医師は、俺の顔を見て吹き出した。
「……ああ……成程ね。こういうの、病院でもやったんでしょ? 看護師達がエラく騒いでその話をしてて――――確かに破壊力、抜群だ」
なんて言われて茹蛸になりそうだった。
一頻り笑った宮澤医師は、まだ、くくくく、と笑いを噛み殺しながらも、麻子の状態を確認すると「もう大丈夫そうですね。この様子だとサイキさんの実家――――ああいや、柴崎さんのお家の方でも、十分安心出来そうだな」と言いながら、終了していた点滴を外し、血液中の酸素濃度を測る機器や酸素マスクまで外してくれた。
流石に身体に纏う感覚の違いに、麻子がむずがるように身じろいだ。
「………ひかる……?」なんて舌足らずな声で呟きながら、重そうに瞼をこじ開けて、寝惚け眼で俺を探しているらしい。ゆらゆらと揺れる視線を巡らせながら、もう一度俺の名前を呼ぶ。――――可愛くて抱き締めたくて堪らくなる姿だ。グッと堪えて、俺を探そうとしているのか彷徨い出した腕を取って視界に入るように覗き込むと、ホッと安心したように麻子が表情を緩めた。――――その無防備な顔と言ったらない。思わずキスしたくなる程だ。
認識出来たらしく、ふらふらと揺れながら身を起こそうとして危なっかしい。麻子の細腕に力を込めようとして震える振動が握った手からも伝わってくる。無理するな、と静かにゆっくりと話し掛ける。
「……今から麻子の実家に帰るから……。このままもう少し寝てろ。――――な?」と言ったらぎこちなく首を振り、また小さく名を呼ばれる。何とか身を起こすことに成功した麻子は、そのまま俺に身体を完全に預けるようにして傾いて沈み込むと、また、すうすうと眠り出した。…………愛おしくて麻子を支えるように腕を回しで抱き寄せて――――目の前に向かい合わせに座る宮澤医師がコホン、コホンと赤い顔で、わざとらしく咳き込むのに、手塚も我に返って赤面する。
――――ったく、人の目があるってのは、やっかないなものだ。
「~~あー……、まぁ、破壊力抜群ってのは身を持って実感したな。――――サイキさんがこんなに変わるとはねェ……! 光さんも堪んないだろうね。好きな女性にここまで完全に身を委ねられたら、男は我慢の限界だ!」
そう言うと、遂に笑い出した。俺としては反論の余地もない。
宮澤医師は意外にフランクな医者だったようだ。
「~~~~いやぁ……光さんが来ればサイキさんも落ち着くだろうとは思ってましたが――――こんなに違いますかねェ。……あ、なんならいっそ、膝枕でもしてあげればいいんじゃないですか?」なんて、急に口調を崩して完全にからかっている。
俺にもたれかかってすうすうと眠っている麻子は、居酒屋なんかで酔っ払った時によくあったポーズだ。別に寝苦しそうでもなく、安心しきった顔だった。
「…………今はこっちの方がいいみたいなので」と素っ気なく言えば、「2人の時によくそうやって寄り添ってたんでしょ? なんか違和感なく、しっくりときてるもんなぁ」なんて宮澤医師のニヤニヤが止まらない。
――――まったく、やはり朝比奈の知り合いというだけあって、くだけ始めたらズカズカと斬り込んで来る。
やっかいな医者だと溜息を吐く。

宮澤医師が運転手兼SP達に声を掛けて、車が出発した。
そこから数十分で柴崎の実家だった。
携帯で連絡しておいたので、車が止まっただけで柴崎の家族が飛び出してきた。
麻子を横抱きに抱え上げると少し意識が浮上したらしい麻子だったが、軽くむずがっただけで睡魔には勝てなかったらしく、そのまますうすうと眠り続けた。
宮澤医師が先に降りて、家族に「……ようやく眠れたんです。このまま寝かしてあげたいのですが……」と伝えてくれた。そのお蔭で、麻子を抱いて下りるとすぐに家の中へと案内される。
抱きかかえられて下りてきた麻子を見て、妹が涙ぐんだ。父と弟は心配そうな目をずっと麻子に注いでいる。柴崎の母ですら麻子を見て顔を曇らせた――――最後に見た麻子と比べると今の麻子は随分とやつれているからだろう。だが何も言わずに麻子の部屋まで案内してくれた。…………柴崎の母からすれば家族の手前、心配を煽るような言葉が言えなかったのかもしれない。
麻子の部屋のベッドに下ろすと、手塚が離れる時にまた子供のようにむずがる。そんな麻子の背中をしばらくあやすようにゆっくりとポンポンと叩きつつ、しばらく宥めてやればまた、すうすう……と寝息に変わった。名残惜しいが麻子の身体から身を離すと、そっと布団を掛けてやる。
家族が覗き込んで麻子を見つめるが、宮澤医師が、麻子さんの容体については別の部屋で話をしましょうかと提案したので、みんなしてリビングの方へと戻って行った。
俺は麻子に付いていてやって欲しいと、医者から言われ、そのまま麻子の部屋に残ることを許された。

ホッと息を吐く。

麻子がここに居る。
確かに俺の名前を呼んでいた。
――――それだけで十分だった。
意識がハッキリしたら、俺を見てまた発作を起こすかもしれないが、それでも……それでも大丈夫だと思える。
大丈夫――――きっと分かり合える。
そう確信出来る。
俺は大丈夫だとちゃんと麻子に伝えよう。
事件のことも、わかっているだけでも麻子にちゃんと話をしよう。
麻子にとっては苦痛かもしれないことだが、麻子に隠していてはもっと麻子を苦しめるのだとわかってるから。
もう少しでいろんなことが明らかになる――――そんなところまでは来てること。
麻子が麻子として生きていけるようになるのも、もう少しのところまで来ていること。
だからこそ――――俺を信じて待っていて欲しいと。

ただ待つなんて、俺の身を案じて不安かもしれない。…………これだけ俺を求めてくれている麻子だから。
好きな女に、これだけ求められるなんて――――正直、魂が泣きたくなるくらい感動する。
俺だって本当は片時たりとも離れたくない。
麻子が失踪してからの3日間は本当に地獄だった。寝ても覚めても何をしてもまったく手に付かなくて、生きていることに虚しさすら覚える時もあって、心も体も軋み、歪み、壊れていくような感覚に付き纏われた。
自分の人生というものがまったく見えなくなって、世界が闇に覆われていた。
だから今、こうして麻子に寄り添っていたら、もう事件のことなんかどうでも良くて、ただただ麻子の傍に居たくなる。
麻子に寄り添って、寝ても覚めてもずっと抱き締めていたくなる。
けど――――それじゃあ駄目なんだ。

本当の意味で、俺はこの先もずっと麻子と共に人生を歩んで行きたいから。

二人で一人と言ったりする。
Two as one ………これは、一人と一人が対等であるからこそ、二人で一つになれるんだ。
互いが互いの人生を精一杯生きて、その中で苦しいことに出会った時に、本当の意味で寄り添って、慰め合って、助け合って、支え合って生きていく言葉だ。

だから。
麻子が麻子として生きていける場所を取り戻す。
自分の意志で、自分の足で、未来を切り開いて歩いていける世界を取り戻す。
それが俺の願い。
麻子と、これから先もずっと二人で歩いて行く為に、どうしても大切なことなんだ。
例え、その為に少しの間こんな風にお前の寝顔を見られない時間があったとしても、この先の人生をずっとお前と歩いて行く為に必要だから歯を食いしばって我慢するよ。

そうは思っていても、無防備な寝顔を見ていると離れ難い想いは湧いてくる。
このままずっと寄り添って、何も考えずにお前の傍に居られたら、と思ってしまう気持ちだってある。
正直、愛おしくて、四六時中ずっと麻子に触れていたい。
抱き締めて、包み込んで、何もせず、ただただ麻子に触れていたいとか…………。
力なく俺の方へと伸びている手をそっと握る。
麻子の傍に少し顔を寄せれば、麻子の香りに癒される。
優しく柔らかい麻子の香りが俺を満たす。
本当は、こんな風にずっと――――…………

     *

そしてまた、やからしちまった。
…………本当に、穴があったら入りたい。

安心して、麻子を包み込んでまたすっかり寝てしまった俺。
晩御飯が出来たと呼びに来てくれた柴崎の母の声に、驚いて飛び起きた俺にコロコロと笑った。
「あらあらあら…。また2人でそんな風に――――よっぽど2人で居ると安心しちゃうんだねぇ」なんて。
柴崎の母に見られたのは二度目。病院でも散々醜態を見せてしまった。
言い返す言葉も思い浮かばず、ただただ顔が熱くて堪らなかった。
騒ぎに、麻子が一瞬寝惚けて目を覚ました。
「…………ひかる……?」とまた俺を呼ぶから、急いで、居るよ、と声を掛けつつ覗き込めばまた安心したようにすうすうと眠り込む。
そんな娘を見て、柴崎の母はまた少し笑って――――「大丈夫そうね……。今のうちに光さんもご飯を食べて来て下さい。お風呂も――――着替えは息子ので悪いですけど部屋着に着替えて貰って…………しばらく私が交代して麻子を見ていますから」と労ってくれた。
言葉に甘えてリビングに行くと、俺を待っていたらしく、皆がいただきますと食べ始めた。
宮澤医師や、なんとSP達も一緒だ。柴崎の母が頑として、泊まって下さい! と言い張ったらしい。
宮澤医師の方は麻子の容体が落ち着くまではしばらくはこちらのお世話になるとのことだったが、SP達は明日にはここを出ると言っていた(…とはいえ、しばらくは極秘で柴崎家の警護に当たってくれそうだと踏んだが)。
事件の行方について妹や弟は知りたがったが、犯人らしき人物を警察が確保した所で襲撃に会い捜査はまだそんなには進んでいないこと、その犯人確保の日に麻子が失踪してしまったことで、手塚もまだよく知らないのだと言葉を濁した。
優哉についても、優哉の上の黒幕がまだはっきりとはわかっていない今の状態では、柴崎家の人達に軽々しく言う訳にもいかない。――――せめてもう少し、犯人がハッキリと浮かび上がってくれれば…………そう、杉谷だとしたら杉谷である証拠を掴んで捻じ伏せられれば、柴崎の家族を安心させられる。
もう二度と麻子に手をださないように出来る目途が立たないことには、とても口に出せる内容ではない。希望的観測だけで話をしてもいい内容じゃない。…………だから、これについてはまだ言葉を濁しておく。
柴崎の父からは、宮澤医師から麻子の容体については説明を受けたとのことで、麻子の容体が落ち着くまではしばらく俺もこちらに居られないかと、娘の為にもお願いします、と頭を下げられた。
そんなことは俺の方がむしろお願いする立場で、こちらこそしばらくお世話になりますがよろしくお願い致します、と頭を下げた。
素朴だが温かく優しい味の晩御飯に満たされて、恐縮だがお風呂も先に貰って、いそいで麻子の部屋に戻る。
柴崎の弟の部屋着は、持っている服の中で一番大きくゆったりしたものだそうだが、体格の違う俺には少し小さかった。着れなくはなかったので有難く借りると、弟は少し恥ずかしそうに恐縮していた。
「……やっぱ、鍛え方が違うんですね。――――これでも俺もちょっとは鍛えてるつもりだったんだけど……」なんて言うから、身長の差もあるしと返せば、悔しそうに俺ももうちょっと欲しかったなぁ! なんて言っていた。
麻子の様子が見たいと宮澤医師も一緒に部屋に入ると、違う気配を感じたのか、麻子が寝惚けた表情で重そうに瞼を開けた。
「…………ひかる……?」と小さな声で呼ばれて駆け寄る。
「……ああ…………ここに居るよ」と声をかけると、焦点の合わない顔をこちらに向けようとぎこちなく動かす。
だから俺の方から麻子を覗き込むようにして視界に入るようにしてやれば、ホッとしたような表情になって、また重い瞼を閉じた。
「…………よか…った……」
小さな小さな声でそう呟くと、また、すう…と寝息が交じった。
柴崎の母がホッとしたように溜息を吐いて小声で教えてくれた。
さっきから麻子は少し覚醒してきたらしく身動ぎが増えていて、背中をゆっくりあやすように撫でながら寝かせようとしていたが、ずっと小さな声で俺を呼んでいたそうだ。「大丈夫、居るよ」と母が声を掛けても、またすぐに身じろぐし、どうしようかと思っていたらしい。
「――――やっぱり、今の麻子には光さんが必要なんですね」
そういうと少し寂しそうに、でも優しく柴崎のお母さんは笑ってくれた。その表情に、柴崎の母にも少しだけでも伝えておこうという気持ちになった。
以前に麻子が図書館利用者に付き纏いを受けていた時のこと。
その後、別の事件で麻子が拉致される事件があって怖い想いをしたこと。
概略を簡単にまとめての話をしただけだったが、柴崎の母は蒼白になった。
図書隊からご両親への連絡については柴崎本人が断っていたので知らなかったのだろう。柴崎は、解決した事件のことでわざわざ心配はかけたくない、身体に危害を加えられた訳じゃないんだから全然大丈夫、と言い張って、連絡するのを渋っていたことを思い出す。
今の麻子の状態だけでも相当傷心の柴崎の母に、これ以上精神的に負担がかかるようなことは言いたくなかったから、拉致された後に身体を拘束されたというような内容については敢えて一切触れなかった。
ともかく、その両方の事件で、解決するために一役俺が買っていたから――――だから俺に安心するのだと思う、と、ただそれだけを伝えたかった。そして、結果的には両方とも無事に解決した事件なので、柴崎はご両親に心配をかけたくなかったのでしょう、と言わなかった事への麻子の配慮を伝えると、寂しそうに母は微笑んだ。
「……昔からこの子は、私達の手をわずらわせないように、心配を掛けないようにって――――そんな風に育ててしまって…………親として反省するばかりです」と切なそうに涙ぐんだ。
そんなことはない、と口に出すのは簡単だったが、口に出せば気休めにしかならなさそうで、言葉に詰まる。
少し気まずい雰囲気を取り払ってくれたのは宮澤医師だった。
話を一緒に聞いていた医師は、「成程ね…………だから、サイキさんは異常に不審者を怖がるんですねー。納得ですよ! ようやく納得出来ましたね!」と、ふむふむと妙に納得していた。
その明るい雰囲気に少し救われる。
そんな医者の様子に柴崎の母も少し笑って、「――――そうですね。襲撃されたトラウマのせいで不審者に怯えてるんだと思っていましたが――――もっと根深い深層心理から、麻子は自分に付き纏う人物という存在に恐怖するのかもしれませんね」と頷いた。
「まぁ……そういう経緯があったのなら――――余計に、光さんは麻子にとってスーパーマンな訳ですね」
「~~スーパーマン…ッ?! ぶはっ…!!」
盛大に吹き出した宮澤医師の笑い声に、また麻子が身じろいだ。
慌てて宮澤医師が手で口を抑え込んで失笑している。

――――天を仰いだ顔が熱い。

まさか、この面子で、スーパーマンだなんて言葉が出るとか…………笠原じゃあるまいし! と怒鳴りたいくらいだがそうもいかない。
柴崎の母はワザとなのか天然なのか、まだ畳み掛けるように呟いた。
「あら、そうですよ。ピンチになったら駆けつけて助けてくれる正義のヒーローなんですから」
ああもうやめてくれッ!!!
…………と言いたいけれど言うことも出来ずに、手で顔を覆った。
1つだけ救いがあるならば、柴崎の母の声が明るくて、さっきまでの湿っぽさが失せていることだけだ。

宮澤医師の上戸が治まるのを待っている間に、柴崎の母がベッドの横に俺用の布団を敷いてくれた。俺も手伝って手早く済んだ。
宮澤医師他2名の来客は客間に寝て貰うそうだ。
宮澤医師は麻子の容体を確認すると、もしもの時の発作の薬他、解熱剤などいくつかの頓服薬について説明して置いて出て行った。柴崎の母も、夜中に麻子が欲しがった時用の水、経口補水液をローボードに置くと、光さんもゆっくり寝て下さいね、とすぐに部屋を出ていった。
しばらく麻子の寝顔を見ていた俺だったが――――また安心感からかウトウトとしてしまったので、ローボードの灯りを最低限に絞って電気を消すと、布団に横になってすぐに俺も眠り込んでしまった。

     *

起きたのは夜中だった。
苦しげな呼吸音と、何か囁く声に目が覚めた。
ベッドの上で胸を押さえて大きく肩で息をする麻子の影が視界に飛び込む。
「~~っ?! どうしたっ?! 胸が苦しいのか?!」
声を掛けながら飛び起きると、ベッドに乗り上げて麻子を包み込むように腕を回しながら顔を覗き込む。
驚いたように顔を上げた麻子の濡れた黒目が、薄暗がりの中でもキラキラと揺れていた。
大粒の涙が次から次に零れている。
「~~ッ、~~っ……、……ひ…か…っ……る……?」
「ああ。――――どうした? 苦しいのか?」
「~~ひ…っ…、……ひか……っ………っ、~~~~よ、…よか…っ…! …………ひ…かる……っ……」
子供のように顔をくしゃくしゃにした麻子はボロボロと涙を零しながら頭を俺に寄せて俯いた。麻子に回した俺の腕に、麻子の震えている手が重なってしがみついて来るのがわかった。
――――愛おしい…………。
すっぽりと包み込んで抱き締める。麻子が全身で震えているのを感じて、安心させるように髪に口付ながら静かに話し掛ける。
「――――大丈夫。俺はここに居るから…………もう大丈夫だから…………」
そう言いつつ、ゆっくりゆっくりと背中を撫でる。
殊更ゆっくりと手を動かして、麻子の乱れそうになっている呼吸を気にしつつ、「……息をゆっくり……吐いて…………ゆっくり、吸って…………ゆっくり、吐いて…………」と口を突いていた。
胸の中で麻子が、乱れて来ていた呼吸のリズムを、なんとか、俺の口調に合わせて整えようとしてくれているのが伝わってくる。――――発作にまでは至らず、少しずつ落ち着いて来た麻子にホッとした。
少し、ローボードの灯りを大きくする。温かい色の光が部屋に広がった。
泣きすぎたせいでしゃっくりが止まらなくなっている麻子に、宮澤医師に言われた通り、ほんの少しだけ湯呑に経口補水液を入れて飲むように勧める。
麻子の手に渡そうとして、酷く震えている小さな手に渡すのを止め、麻子と並ぶように腰かけ直すと、麻子の身体を支えて安定させつつそっと口元に湯呑を持って行った。
戸惑うように俺を見た麻子の表情が、またサッと強張った(恐らく俺の頬の絆創膏に気付いたせいだとわかった)が、「……大丈夫だから。……ちゃんと話すから……全部話すから。――――俺はこの通り大丈夫だから、少しだけ先に口を付けて。……ちゃんと麻子と話がしたいんだ」と言えば、揺れる瞳ながらわかってくれたのか、俺の手に麻子の震える手が重なって麻子の唇に湯呑が触れた。
少し傾けると麻子も少し吸って――――ゆっくりと口内を湿らせた後、小さく喉元がこくり、と動いた。
咳き込むかと思ったが大丈夫だったらしく、「――――もう1口飲めるか?」と尋ねれば、小さく喉の奥が鳴った。うん、と頷いたようだ。思うように声が出ないことに戸惑った顔をした麻子に、「――――大丈夫。……ゆっくりな……ゆっくりでいいから…………」そう言ってまた少し湯呑を傾けて――――今度はこくり、と喉が動いた瞬間に軽く咳き込んだ。湯呑を置くと背中を優しく擦ってやる。
ようやく治まって、呼吸が整ってくると、涙で潤んでいる黒目がジッと俺を見て呟いた。
「――――どうして…………」
掠れた声だが、落ち着いていて、ちゃんと意志を持った声だった。
ようやく――――ようやく、ちゃんと麻子と話が出来そうだと手塚は思った。
「……そうだな……どこから話そうか。――――長くなると思うから、横になるか?」
そう尋ねたが首を振られる。そして、ふと今頃になって気付いたらしい麻子が不思議そうに部屋を見た。
「…………ここ…………ここって…………」
「――そう、お前の実家だ」
「…………な……なんで…………」
「覚えてないか? お前…………病院で飛び降りようとして――――兄貴が止めた…………」
「~~~~ッ?! ~~え……っ……、なな、なん――――……っ、エ…ッ、あっ…?! ~~あアッ…?!」
ふいに強張った表情にパニックの予感がして、とにかく宥める。
包み込むように抱きかかえると、ゆっくりと背中を撫でながら、「……大丈夫。……大丈夫だから…………ゆっくり息を吐いて――――大丈夫。……もう大丈夫だから…………」と顔を覗き込む。
蒼白になった表情は固いが、なんとか呼吸だけは落ち着いて来た――――泣き出しそうな瞳は怯えの色も交じってはいたが、揺れながらも縋るように俺を見つめるから、ゆっくりと口を開いた。
「…………大丈夫だから…………。お前も、俺も、大丈夫だから、な? ……だから、ゆっくりと話をしよう。――――どこまで覚えてる? 今、何かを思い出したんだよな?」
励ますように、まだ背中を撫でながら――――だが、麻子の身体の震えが酷くなったのがわかった。言わせることも辛いけれど――――けれど、2人でちゃんと向き合いたいことで…………今度こそちゃんと話をしたいから――――辛くても麻子の言葉を待って――――励ますようにそっとそっとただただ優しく背中を撫でた。
ようやく、怯えの色は浮かんではいるが、意を決して、酷く震える唇から震えた小さな小さな声が零れる。
「~~~~ッ…! ~~~~っ~~~~ぉ、お…とこ、が…………オトコ……が…………ままま、またアンタかって…………ッ、…ああ、アンタ……ッ…………、~~~~ッ、……あたしッ……、…が……っ……、し、しば、さき、…………じゃ…ッ…………って……!」
言いながらもガクガクと震え出す身体と、たったこれだけで乱れる呼吸――――思い出して恐怖に強張る表情には瞳に涙まで浮かんでくる。
切なくて傷ましくて――――堪らずに、震える唇に、重ねるだけのキスを落とす。
ゆっくりと、ただ優しく、その震えが少しでも止まることだけを祈って、温もりを伝える為の触れるだけのキス。
――――冷たい麻子の唇に、ほんの少し温もりが伝わった頃、ゆっくりと唇を離す。名残惜しくてほんの少し、唇を最後に軽く舐めて。
顔を離して麻子を見れば、少し落ち着きを取り戻していた。一瞬、惚けたような表情を浮かべていた麻子だったが俺の目と合うとサッと頬が染まるのに、こんな時なのに可愛いと思ってしまう。
――――ちょっと我慢しないとな。ちゃんと話がしたいから。
そう自分に言い聞かせて、短くなった髪を梳く。昨日から風呂に入れていないのかもしれない、いつもよりも湿り気を帯びた髪だったが、暖色光の中でもキラキラと光る色素の抜けた髪はとても綺麗だと思った。
「…………辛いのに、思い出してくれてありがとな。――――あの男はちゃんと捕まえたから。今は警察が拘束してる。もう大丈夫だからな」
そう言うと、驚いた顔になった――――そしてすぐに困惑したような表情になって――――躊躇いがちに震える細腕が伸びて来た。震える指先が、怪我をした頬の付近にそっとあてがわれる。
「~~~~つ…捕まえた……って…………、……光の、怪我…………その、せい、……なの……?」
麻子の言葉に苦笑する。
「――――残念ながら、あの男を捕まえたのは俺じゃなくて笠原だった。――――丁度、お前があの男に声を掛けられているところに遭遇したんだ。お前はショック状態になってて意識がなかった――――それからのことで、他に覚えていることはあるか?」
「…………わかん……ない……。…………あたし…………、……あたし……よく…………あの…………、…………あの、迷惑……かけた……よね?」
「――――迷惑って言うより――――生きた心地がしなかった。…………お前が居なくなって――――行方が分からなくなって――――情けないけど俺、お前が俺の前から消えた途端…………どうやって生きていけばいいのかわかんなくなった…………。何も手に付かなくなって何をすればいいのかわかんなくなって――――生きてる意味がわかんなくなっちまったんだ」
――――情けないが――――この3日間の恐怖を思い出して、絶対に離さないように、離れないように麻子を胸に閉じ込める。縋り付くように抱き締めて、麻子の髪に口付けを落とす。
――――麻子の、香りだ。この香りに満たされるだけで安堵感が増す。
ああ、麻子が居る、とそれだけでもう、何も要らないとまで思う。
「~~~~あ、あの…………あたし……あたし、…………なにを…………なんで、ここに……?」
戸惑う麻子の声がして――――麻子を抱き締めるだけで満足してしまう自分に苦笑する。
麻子の方が恐らく俺よりももっと不安な筈だ。恐らく――――優哉に遭遇したあの夜から、ショックのあまり、麻子の意識というか記憶が欠落しているようなのだから。
麻子に話をする覚悟を決める。混乱や動揺で麻子は発作を起こすかもしれないと注意しながらゆっくりと口を開いて――――、すべてを伝える。
麻子がもう逃げ出さないように、ありのまますべてを、全部を、隠さずに麻子には話してゆく。



……To be continued.



********************



ちゃんと向き合って話し合って貰う…………直前までしかいかへんかった★(ヲイ)
すみましぇ--------ん……。(もはや言い訳はない)







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05:10  |  *『図書館戦争』二次小説  |  TB(0)  |  CM(5)  |  EDIT  |  Top↑

★ありがとうございます!!

ちび犬様

まだ、読んでいて下さっていましたか!!
いやもう、いろんな人達がきっと離れていってる筈……と覚悟しながら書き進めておりますので、こうして「読んでるよ~!」と顔を出して貰えると涙が出そうなほどありがたいです!!
ようやく、白々と空が明るくなってきました。
もう少し事件のこともあるし、お話としては続くのですが、手柴の2人の闇は明けて行く感じですので、安心して下さい!!(苦笑)
本当にこれまで、イライラさせたりジリジリさせたりしてきた話ですが、ようやくの安定を見られると思いますので。
やっぱりね、1人で乗り越えようって言うのは無理なんですよね。
最初から、2人で乗り越えようって柴崎が想ってくれていたらこんなにややこしい話にはならなかったんですが…………でも、それが柴崎じゃないかとも思っているのでこんな話になっちゃってゴメンナサイ。
でも、ようやく、少しずつ、柴崎もわかってくると思います。
最後までお付き合い下さると嬉しいです(*^^*)

ツンデレラ |  2017年04月28日(金) 06:27 | URL 【コメント編集】

★≪ソプラノズ≫だったのかー!(今更?!)

Sauly様

ありがとございますー♪
是非是非待ってて下さいませ♪
私もとっても楽しみです!!
でも手塚なので、きっとカッコよくは決まらないかと思いますけれど(笑)
いやー、ようやくこのお話も書いてて楽しいターンがやって来た!という感じで、私も実はとっても嬉しいです(*^^*)

> ソプラノズです!(ソプラノイズではないです笑)
うっわー!!!間違ってました!!!(←ヲイ★)
いや、本気で間違っていました……(苦笑) なんでだろ……ちなみに英語力ゼロなので、英語から日本語に訳そうという気持ちになれなかったので、イメージで「ソプラノイズ」だと思っていました(苦笑)
アブナイアブナイ……(いや、アブナイ、じゃなくて間違ってるって(苦笑))

ソプラノズ……家庭でのストレスの元凶は、母リヴィアだったのですか?
息子と組織で精神が擦り減ってるのかと思ってましたが、まだ元凶がありましたか(苦笑)
しかも、意外にも、
> ソプラノズにおいて最も重要なキャラでもあります。
なのですねー。意外なトコロに意外なキャラが潜んでたんだなァ、と思いました。
トニーの周囲は大変な人達でいっぱいなんですねぇ…………そりゃ、精神もボロボロになるわなァ!
しっかし、母親の葬式の写真に結婚式の写真(…だと予想しましたが)とは!トニーも随分とやってくれますね(苦笑)
綺麗な女性なのかと思ったら、登場シーンでただのおばあちゃんが出てきたのでびっくりした私でした(苦笑)
いろいろと精神的なモノもありで、複雑なドラマなんですねぇ。。。。。

ツンデレラ |  2017年04月28日(金) 06:22 | URL 【コメント編集】

★いやーつい(笑)

ママ様

手塚は反応が面白いんだと思います~(笑)
いつも割とスマートに物事をやり遂げていくのに(そしてそういうタイプに見た目も見えるのに)、なぜそこは不器用なのか?!と見ていて面白い…(笑)
一々反応も面白いからついついからかいたくなる(笑)
そして、「いやー、こいつ、面白いわ」ってなる(笑)
手塚は柴崎のことを意識し始めてから、周囲からそんな風にも思われてそうです(笑)
ただの優秀すぎるデキスギくんから一転のギャップが面白くて(笑)

> 今の状況ではしょうが無いんだけど、このCPも二人でいるとお互いしか見えなくなっちゃうから誰かしら糖害に逢っちゃうんだと思います(笑)
爆笑!
ですよね~~糖害!!(笑)
手塚は堂郁を見て、散々、「……こういうことはしないでおこう」と思っていたくせに、「こういうこと」を絶対踏襲していきそうだと思っています(笑)
だって、恋愛の行動についてふと頭に浮かぶ師匠が、小牧さんではなく堂上さんなんだもんなぁ!!(笑)
そりゃもう、しっかりと踏襲していくタイプですよね(笑)
しかも生真面目だから、一々その都度、堂上さんをお手本に同じことをやらかす…(笑)!!
柴崎のお母さんとしては、ちょっとジェラシー(苦笑)。
お母さんの前ではずっと、「お姉ちゃん」として頑張っていた柴崎だと思うので、そこはお母さんごめんなさいです~((((^^;)
でも、郁ちゃん相手でも出せない面も、手塚にはずっとポロリポロリと出ていた柴崎なので、やっぱりそこは、親だけど今の柴崎には手塚が一番必要かなって思います。
手塚と2人の時の娘の様子を見ていくことで、お母さんも、柴崎からまた手塚に見せるような姿をお母さんに見せても大丈夫、と思われていくんじゃないかなァ。

> 王子様とスーパーマン…どっちが痒い(笑)どっちも痒い。
ですよね?! どっちも痒い痒い痒い~~~!!!
確かに手塚は「柴崎を守りたい」でスーパーマン的存在を目指して入るんだけど、言葉にされるとこんなに痒い!!(笑)
しかし、ママ様も仰っているように、柴崎も口には出さなくても自分が本当にピンチの時には手塚が絶対に助けてくれると心のどこかでは知ってると思います(笑)。スーパーマンだね!!(笑)

今後は、こんな感じで手塚を遊びつつ話は進んでいきます(笑)
ひとり寝る夜も、そろそろ空が、明るく明けてくる感じです~~(*^^*)

ツンデレラ |  2017年04月28日(金) 06:12 | URL 【コメント編集】

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 |  2017年04月27日(木) 22:11 |  【コメント編集】

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 |  2017年04月27日(木) 12:10 |  【コメント編集】

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