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2016.10.18 (Tue)

≪背中の靴跡シリーズ≫ 『ひとり寝る夜の明くる間は』~vol.27【改訂】~

※先週upしましたvol.27の改訂版です。手塚が扉を壊すシーンを追加しました。
 大した変更ではありませんが、ご興味のある方は追記にてご確認下さい★


≪ ひとり寝る夜の明くる間は~vol.27【改訂】~ ≫背中の靴跡シリーズ
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
  歎きつつ ひとり寝(ぬ)る夜の 明くる間は
   いかに久しき ものとかは知る
         右大将道綱母(53番) 『拾遺集』恋四・912
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【More・・・】

≪ 【改訂】ひとり寝る夜の明くる間は~vol.27~ ≫背中の靴跡シリーズ


あれからマコには距離を置かれていた。
元々、最初から少し線引きされている気はしていたけれど、ここ最近は露骨だった。
でも、俺のことを気にかけてくれてる。
風呂上りにテーブルにそっと置かれていた化膿止め。
…………ったく……なにもしないから、部屋から出て来いよな。
そう思うだけで、声はかけられなかった。極力、俺との接点を絶とうとしているらしく、部屋に閉じ籠ったまま。ご飯も高山達が居る時に済ませたと出て来なくなった。
――――今日だって……。
1人で食べる夕食は酷く静かで。
物足りない気持ちは、目の前に居ない人のことばかり考えてしまう。
帰ってきても人の気配のない家。
リビングもキッチンも寒々しく俺を迎え入れる。
……こんなに寂しい家だっただろうか。……なんて思わず思って、驚いた。
マコが来るまで、そんなこと考えたこともなかった。
1人が寂しいなんて、思ったこともなかった。
今日もまた部屋から出て来ないマコを求めて、扉越しに「ただいま」の言葉と「メシは?」と尋ねた俺に、今日もまた「………もう食べた………」って部屋の中から返事が来た。

…………ホントに食ってんのかよ?

チラリと見かけるマコの様子がどんどん消耗していっているようで不安で仕方がない。やっぱり夜眠れてないんじゃないかとか、本当にちゃんと食べてるのかとか、心配だったけれど手をこまねいて見ているしかなかった。
今朝だってそうだ。
朝に、トイレに行くらしいマコは、時折壁に手を突きながら歩いていた。
足元の覚束なさに思わず駆け寄って「…………大丈夫か?」と顔を覗き込んだら、顔色の悪さに思わず手を伸ばしそうになった。
「トイレに行くのよ。付いてこないで! 失礼だわ!」
力は籠らないが剣のある声音で言われて、手も足も止まる。
立ち尽くす。
やがて、トイレから出て、また部屋に戻るマコがゆっくりと近づいてくる。
慌ててまた傍によって「…………お前、真っ青だぞ…」と身体に触らないように声を掛けたら、項垂れたようにまた顔を俯けた。
ゆっくりふらりと出す足は止めはしないまま。
「…………少し……貧血が起きてるの…………。よくあることよ。寝てれば大丈夫。薬も飲んだし…………また寝るわ」
そう言って、部屋に入って行った。

取りつく島もない。

部屋から出てこない。
様子がわからない。
マコの部屋から物音もあまりしないから、ほとんどずっと寝ているのかもしれない。
けど、声を掛けたら返って来るってことは、やっぱ、起きてるってことだし…………。
今朝の顔色の悪さが頭に浮かぶ。
貧血、と言ってたけど、治まっただろうか。
あれから部屋から出てくることはなかったけれど、ちゃんと眠れたんだろうか。
少しは元気になっただろうか。
――――けど、確かめようがない。
帰って来てから扉越しに「……貧血は? 治ったか?」と聞いたら、「……うん…………、ごめん、眠い……」と言われて引き下がるしかなかった。
せめてトイレにでも出て来てくれたら…………顔だけでも見れるのに。
ご飯を食べている時も、リビングでニュースを点けても、気持ちはずっと、扉の方に向けられていた。
マコの部屋に続く扉。
マコが来てからはずっと開けたままにしている。
だけど、この2日、そこをマコが通るのを見たことがない。

避けられてる。

思えば、ズキリと胸が痛む。

そろそろ寝る時間が近づいて溜息が出る。
気になって眠る気になれない。
部屋に入って一人で寝ることの方が気持ちが落ち着かないとか、どうかしてる。
寝る直前まで、つい、考えてしまうから……………

あいつは、一人で、ちゃんと眠っているんだろうか。

今朝見た真っ青な顔。
ふらふらとした覚束ない足取りは、時折、壁に手を添えないと歩けないくらい消耗しきっていた。
…………限界なんじゃないか?
体力的にギリギリの状態は、長くは続かない…………。

嫌な予感が頭を霞める。
不安で仕方がない。
こんな気持ちで、部屋に戻るなんて出来ない――――。

と。
鈍い音が微かに耳に聞こえた。
聞こえたと思った時にはもう、走っていた。
ノックして扉に手を掛けた途端、いつもとは違う扉の抵抗。
押してもガチャガチャというだけで微動だにしない。
焦る。
ドンドンドン! と今度はドアを強く叩いた。
「~~マコッ?! マコッ!!!! 開けろッ!!!!!」
けれど、部屋の中からは何も物音がない。
焦燥感が募っていく。
「開けろって…ッ!!!!! マコッ!!!!!」
ドンッ!!ドンッ!!

ドンッ!!

手が痛いほど叩いても、まったく中から、人の身じろぐ気配すら感じない。
「~~~~く…っそ…ッ!!!!!」
ただただ、この扉を開けることしか頭になかった。
焦りが冷静な判断を奪う。
下がって、勢いごと体当たりを繰り返す。
二度、三度…………こんなに全力で戦ったことはない。
こんな時、頑丈な扉が腹立たしい。
あとで考えれば、鍵の部分だけを解体して取り外せばよかったんだと思ったけれど、扉をへし折る勢いでただひたすらに身体を打ち付けた。
五度目で扉が軋んで、六度目でずれた。
蹴倒して中に飛び込めば、ベッドから少し離れたところに人影が倒れていた。
駆け寄って、倒れている華奢な身体を抱きかかえる。
細すぎて、折れそうで怖い。
マコの唇がブルブルと震えていた。
よくよく聞けば、意識はないけれど、囁くような掠れ声で意味の読み取れないうわ言を発しながら泣いていた。
――――発作だ。
焦点の合わないマコの目を覗き込んで必死に呼びかければ、叫ぶような呼びかけにようやく俺に目を向けた。
俺を認めて――――
泣き濡れた言葉もままならないような声で、うわ言のように、でも、確かに俺の名を呼んだ。
ぶるぶると震える手で、俺に縋りつく。
すっぽりと包み込めるその身体を抱いて閉じ込めた。

――――何に苦しんでいるんだ?
――――なぁ……俺が必要だろ?
小さな手が俺のシャツを握りしめている。
…………だがそれも、睡魔と共に今日はだらりと力が抜けた。
骨が浮き上がる小さな手。離れたその手を取って、そっと優しく包み込んだ。
――――マコが手を離しても、もう俺が離せなくなっていた。
抱きかかえるようにして、そっと一緒にベッドに入り、マコの身体には触れないように、手だけ握り締めて傍に寄り添う。
蒼白な小さな顔。この2日でまた一回り小さくなったんじゃないかと、胸が痛む。
……なぁ……ちゃんと寝てたか?
……なぁ……本当に食べてたのかよ?
胸の中で問いかける。
答えもなく眠るその人の切なげな顔と涙の跡。
今また、目頭と目尻に涙が込み上げて――――流れた。
あまりに胸が苦しくて、涙を指先で拭ってやろかと少し躊躇っていたら、俺の手の中の小さな手が、何かを探すかのように動いた。気付いてギュッと包み込むように力を込めてやると、ほんの少しホッとしたようにマコの口元が緩んだ。そして俺の手の中で、俺の手を握ろうとするように小さな手がキュッと絡み付いて来た。
自惚れかもしれないが、マコの表情がさっきまでよりも穏やかそうに見えた。
――――ホッとする。
ここに温もりがある――――それだけで十分だと思った。
決してマコの体調は良いとは思えないけれど、それでも、2日間マコに避けられて顔もまともに見れなかったことを想えば、今こうしてマコの顔が見れることだけでも幸せだと思った。


……朝、起きて――――。マコは、意識がハッキリした途端に飛び起きて、逃げ出そうとした。
……ベッドから降りようとして、足が縺れたのか床に倒れ込んで逃げ出すことは叶わなかったけれど。
抱え上げてベッドに戻すと、泣き出しそうな顔を背けて俺に背を向ける。――――ごめん、と絞り出すような声で言われると辛い。「別に」と素っ気なく言って離れたけれど、マコの泣き出しそうな顔が頭から離れない。
――――触れるのも、怖い。
他人から避けられることが、こんなに辛いなんて思ってもみなかった。

…………どうしたらいい?

気にするな、と言えばいいのか?

まだ、ちゃんと気持ちも伝えていないのに?

だけど、拒絶されてる。
俺が傍にいることを拒絶している。
ズキリ、と胸が切り裂かれる。

どうすればいいのかわからない。
ともかく、普通に、普段通りに、とそれだけを思ってマコに声をかける。
「……俺が気に入らなくても、朝飯は俺と一緒にちゃんと食え。ちゃんと食ってるのか俺が見張っとく」
その言い方はないだろう、と自分でも突っ込んで頭を抱えたくなるが、どうしようもなかった。
「あと、鍵締めるな。最初からその約束だったろ? ……まぁ、壊しちまったからもう鍵掛からないけどな」
そう言うと、背中がキュッと丸く小さくなった。
震える小さな肩は泣くのを堪えてる。
本当にマコが消えてしまうような気がした。
どうしたらいいのかわからない。
だけど、放っておけない。
泣くなよ、とは言えなかった。…………そう言ったらきっと、ますます殻に閉じ籠ってしまう気がする。
――――むしろ、泣いた方がいいんだ。
そう思う。
無理矢理自分を隠そうと身に纏った鎧。それをすべて剥ぎ取った無意識状態になって初めて、苦しい自分を曝け出せるんだろ?
だから、夜だけは素になって泣くことが出来る――――そうだろ?
そして、そんなお前を俺は任されてるんだ。
「…………兄貴からお前のこと、託されてる。だから俺にはその権利がある」
そう言って、頑なな小さな背中を見つめて――――迷いながら手を上げる。
息すら潜めて、必死に泣くのを堪える小さな小さな背中。
――――泣いていい。
――――むしろ、泣いた方がいい。
上げた手をそっと小さな頭に手を下ろせば、ビクリと固くなって自分をギュッと抱き締めて更に小さくなった。だけど、気付かなかったふりをしてゆっくりと壊れないように撫でた。
2度ほど往復したあたりで、堪えかねたようにう…っ、と唸るような嗚咽が零れた。
聞かなかったように、何事もないように、しばらく頭を撫で続け――――それから、ゆっくりと手を離した。
キュッと自分の肩を抱き締めて更に小さくなった人に、静かに声をかける。
「お前の分の朝食も用意しとくから、落ち着いたら来い」
また、堪え損ねた嗚咽が一息零れる。
後ろ髪は引かれるけれど、そのまま踵を返した俺に、絞り出すような唸り声がした。
「~~~~あ……あんたなんか、だいっきらい……ッ」
そう言うとしゃくり上げる音がした。ふ、と俺の唇が緩む。
「……大嫌いで結構だよ。――――だけど、朝飯は食え。いいな?」
そう言って部屋を出た俺の背中に、マコの堪えかねた嗚咽が聞こえる。

ホッとした。

それと同時に、ふと自分の手を見つめる。

――――以前にも、こんなことがあった。

霧の向こうに霞む記憶。だけど、確かにこの感触を覚えてる。
…………あの時も、泣けばいい、とそう思って――――
『あんたなんかだいっきらい』
そう言われても、傍に居た。
俺が、傍に居たかったから。

それ以上のことは思い出せない。
モヤモヤと霞みがかる記憶。
あれはマコだったんだろうか?
サラリとした髪の感触……なんとなく思い出した『その時』とさっきの感触は酷くよく似て…………。
それは酷く懐かしくて――――優しい気持ちになる。

やっぱり……マコは、記憶を失う前にも、俺の近くに居たことがあるんじゃないのか?

居たのかもしれない。
兄貴の彼女として紹介されるくらいはあったかもしれないし。

…………やっぱり、その時の俺も、マコが好きだったんだろうか……。
大嫌い、と拒否されて。
それでも好きだったから、謝りながらも髪に触れたんだろうか……。

思い出そうとすると、頭が酷く重い。
もやもやとする記憶の中のそいつの顔は、相変わらず思い出せない。
どんなシチュエーションで、どうしてそうなったのかも、全然覚えていない。
突き詰めて必死に考えれば考える程、頭痛が酷くなってきて、少し気分が悪くなってきた。
大きく深呼吸をして、しばし、思考を止める。
考えても埒が明かないのなら、今やるべきことをするべきだ。
顔を洗って、意識を『今』に向ける。
今日もまた、1日が始まるのだ。
朝食の用意をして、身支度も済ませて、マコを待つ。
仕事に行かない、という選択肢はなかった。…………俺がそんなことをしても、マコは喜ばないし望まない。
呼びに行く勇気はなかった。
扉を見つめる。――――だけど、溜息と共に目を逸らす。見ることもなく宙を見る。視界が落ち着かなくて部屋を浮遊する。でもやはり行き着くのは扉――――マコの部屋へと続くその扉。
気配もなにもない、ただの扉。
その奥に――――とは単なる期待。
そこにあるのは俺の希望であって、そこには何もない。
溜息と共にまた目を逸らす。
……やっぱり……いやでも……だけど……それでも…………
思考すらまとまらない。ふらふらと揺れる視線。――――最後に行き着くのは扉――――ただの無機質な扉という物質。
また溜息と共に目を逸らす。
時計の針が進んでゆく。
はあ、とさっきから俺の溜息ばかり。時計を映した視界に壁のカレンダーが何気なく目に入る。
今日――――今日がまた始まる――――このまま、また今日一日マコとは顔を合わすこともなく?
何気なく目をやったカレンダーの今日の場所――――そこには印がしてあった。下には小さくメモも。
あの――――あの、印…………
思い出して躊躇う。
……けど……こんな状態で…………。
ここ数日、すっかり忘れていた。……この2日程は露骨に避けられていたから、そのことばかり考えていた。
どうすればマコが俺を見てくれるのか、せめて元の立ち位置に戻るにはどうすればいいのか、そればかり考えていて――――今日が約束の日だったなんて、まったく覚えてなかった。
…………だけど…………。
マコは覚えてるだろうか?
……いや……例え、覚えていたとしても…………。
また溜息だ。
視線を時計に戻せば、もう、7時半を過ぎた。
自分でも大きすぎるだろうと思う程の溜息が出た。
――――もう食べて行かなきゃならない。

――――と、扉に気配がした。

ハッと顔を上げると、強張った顔のマコが壁に手を付いてそこに居た。
俺の目線が向くと、色眼鏡越しのマコの視線が露骨に逸らされた。
俯いたままで――――そのまま、そこに立ち尽くしている。
前にも後ろにも行けなくなってしまった子供のように、立ち竦んで、そこに…………
「……悪いが、先に食うぞ。あんまり時間もないからな」
思い切ってそう声をかけてみた。思ったよりも声が震えなかったことにホッとする。優しく声をかけるどころか、ぶっきら棒な少し不機嫌そうな声になっちまったと反省はあるけど今の自分の精一杯の声だったと思う。
だから、もう一言、その調子のままだったけれど声をかけることが出来た。
「――――わざわざお前の分も用意してやってるんだから、温かいうちに食えよな」
そんな俺の言葉にも身じろぐこともなく俯いている。
まだ何か言いたい、本当は違うことを言いたい気もしたけれど、精一杯の俺にはそれ以上は何も言えず。
少し見つめていたけれど、だけど何も言葉が思い浮かばないし、箸を取って食べ始めた。
事実、あまり時間もない…………。
……けど……来てくれた。
それだけでも、ホッとした。
マコの方から来てくれたのだから。

と。

………おずおずと……躊躇いながらもマコが入って来た。
足元に力は入っていないけれど、頼りないながらもこちらに向かって歩いて来る。

バカみたいに、嬉しい。

頼りない足元に傍に駆け寄って支えてやりたいけれど、そんなことをしたらマコはそれこそ俺に対して警戒するだろう。
視界の隅に、覚束ない足取りが床に崩れたりしないかと気に掛けつつも、その気持ちを隠すために自分の朝食を猛烈な勢いで食べ始めた。
出来るだけ、マコは見ないようにして。
俺が見つめたらマコは止まってしまいそうな気がする。踵を返しそうな気がする。だから食事に集中する。
危なっかしい足取りながらも倒れることなく近づいて、俺の目の前に用意したマコの朝食のところで止まった。――――そのまま、マコが座った。
全身で気配を探れば、そっと箸を取って、食べ始めたのを感じる。

――――それだけ――――けど、すげぇ、嬉しい。

食べてる。俺の用意したものに手を付けた。
俺の目の前に居る。
ゆっくりだけど――――マコが箸を動かしている気配を全身で感じて安堵する。
…………たったこれだけの…………だけど、一緒の時間を過ごせることが嬉しい。
俺の方はあっと言う間に自分の食事を食べ終わり、片付けた。
片付ける最中もチラチラとマコへと視線が向く。
俯いたまま――――だけど、少しずつ、ちゃんと食べている。
俺を見てくれはしないけれど、でも、ここに居る。

……このまま、ここに居たい、と思った。

せっかく、部屋から出て来てくれた。
このまま傍に居られたら――――。
だけど、そんなこと、出来るわけはない。
お前の傍に居たいから仕事を遅刻するなんて、マコは許さない。
軽蔑して――――いや、むしろマコから離れられない俺の行動に身の危険を感じて、出て行くだろう。
マコにとっては簡単なことだ。
兄貴の元に帰る、と…………。
ここでもどこでも眠れないのなら、兄貴のマンションでいいだろう……って……兄貴に言って…………。いや、むしろ……俺の想いが……マコに向けた俺の気持ちが怖いと言えば…………。
兄貴はすぐにでもマコを連れに来るんじゃないか?
その考えは、酷く俺を落ち込ませた。

今のままでいい。
それで十分だから。

こうして一緒に食事をして、少しの時間を過ごせるだけで――――。
これまでのような関係で――――それで十分だから。
だから、後ろ髪は惹かれる想いだが、出勤鞄を手にして、マコを見る。
そろそろ、いつも出掛ける時間。
いつもと同じように。
これまでと変わらない毎日で。

だけど、カレンダーにチラリと視線を投げた。
いつもと違う予定が書き込んであったカレンダー。
確かに今日だと再度確認してから、静かに口を開いた。
おそらくマコも忘れているだろうけれど、念のために確認しておきたくて。
それだけ言ったら、ちゃんと行くさ。
「…………今日だけど……延期にしてもらおうか」
「…………今日……?」
ふ、と上げた顔は、眼鏡越しでも俺の視線にぶつかると逸らされる。それに胸が痛んだが、努めて普段通りの口調を装い続けた。
「麗華と3人で映画に行く日――――」
「――――あ………」
マコの目が慌ててカレンダーを彷徨う。認めて、少し動揺しているのがわかる。
「……お前、ふらふらしてる。歩くの、キツそうだし、ここ最近調子悪そうだったし…………また違う日にして貰おう」
「……………………」
マコの目がカレンダーに向けられたまま。
「麗華には連絡入れとく」
「……………………て……」
「え?」
「……その……二人で…行って…………大槇さん……せっかく……」
「嫌だ」
零れるように言葉が落ちた。
そのまま、捲し立てるように言葉が口を吐く。
「お前が来るから立てた約束だ! 別の日に延期にすればいいだけだけだろっ! 麗華に悪いって言うなら、今日ここに呼ぶ! 3人で飯食って、また日にちを決め直せばいい」
「……………………」
マコが俯いた。
しばらくの沈黙――――どうしていいかわからなくて、このまま出勤しようかと口を開きかけた時、掠れたマコの声が呟いた。
「……行ってきなよ……ね? ……今日はせっかく……大槇さん…楽しみにしてたんだから……二人で行ってきて。…………次……次はあたしも一緒させて貰うから…………」
思わずカッと頭に血が上った。
「俺は別に映画が見たいんじゃない! お前が楽しんでいるとこが見たいんだ!」
ポロリと零れて、しまった、と自分でも思う。
マコに俺の気持ちが漏れそうになって避けられるようになったっていうのに、また同じことをして。
コホン、と、気まずく一呼吸おくと、
「~~~~とっ…ともかく! 今日は早めに帰って来るから! 晩飯は一緒だからな! ……先に食べるなよ?」
と言うだけ言って、慌てたように「~~俺、もう行かなきゃ」っていそいそと足を玄関に向けようとして――――
「~~~~い…くわ……」
え?
迷うような声が呟いた言葉に、足が止まる。
慌てて振り向けば、顔を上げていたマコが狼狽えたようにレンズ越しの目が泳いで、逸らされた。
また少し俯く。
「…………大丈夫…………タクシーで行くだけだし、映画は座って見るだけだし……」
「――――え、けど……、お前、また昨夜発作起こしてたし――――その、今もふらふらしてるし、無理だって……」
「~~~~大丈夫…っ…、そ、その、……昨日は結構眠れたし……ほら、ご飯もちゃんと食べられてるし……だからその、今日の方が…………ほら……延期して貰っても、その日の体調とか、結局、その日じゃないとわかんないし…………それなら、今日、……全部……終わらせちゃった方が…………」
「――――なにその言い草? 元気になったら、何度でも連れてってやる。早く良くなればいいだけの話だ」
「…………」
その言葉に返事はなかった。
……やっぱ俺と出掛けるとか……それは気が進まないのかもしれない。――――と思えば凹む。
悔しいから、思わずマコの言葉尻を拾う。
「……それに『昨日は結構眠れた』――――って……やっぱりその前とか眠れてなかったんだろ? お前ひょっとして、俺が居ない夜は眠れてないんじゃないだろうな?」
思わずまた、ポロリと零してしまって、またしまった、と思ったけれど、目の前の金髪の隙間から見える肌が急に朱に染まった。
あまりにあからさまで、思わず瞬いた。
――――なに、こいつ……すげぇ、可愛い……。
溜まらず抱き締めたくなって――――手にしていた鞄の重みで我に返る。
……やっぱ、この状況で抱き締める、とか……マズイよな。
「~~~~そ…っ、そんなわけあるか! ~~ちゃんと寝てるしっ!! ~~~~た、ただその…いろいろ考えてたら眠れない夜とかはあるけど……けど、あんたなんか居なくたって…ッ! ちゃんと…ッ!」
必死に言い募っていたマコの言葉が途切れて咳き込んだ。
感情的に言い募って呼吸が乱れたという感じだった。そっと傍に近づいて背中を擦ってやる。
大丈夫、いらない、やめてよ、と咳き込みながら言うマコに、わかったわかったと宥めつつ、ずっと小さな背中を撫ぜる。
俺の掌で覆ってしまえそうなくらい小さくて細い背中。痩せ細って骨ばって柔らかさはまるでない。
でも、一生懸命虚勢を張りながら、病気と闘っている身体だ。
ようやく治まった咳に、「……ホントに大丈夫か? やっぱ、止めといた方がいいと思うけどな……」と言った俺に、意地になったようにマコがハッキリと言う。
「~~~~だだ大丈夫ったら…! ホントに……これ食べたらまた少し横になるし……今日は眩暈も何も起きてないから平気よ!!」
強がりだとはわかりつつも、少し俺の頬が綻んできた。
……変なところは意地っ張り。
……全然大丈夫じゃないくせに、大丈夫大丈夫って、頑固だよなぁ。

でも、マコらしいところが見えて嬉しくなる。
…………やっぱ、俺が一緒に寝てやった方が調子いいんじゃないのか?
なんて、そんなこと、口が裂けても言えないけど。
そんな自信過剰すぎる言葉が浮かんでくるなんて、気分が舞い上がっちまってるのかもしれない。
……すげぇ……嬉しいんだ。
さっきまでの鬱々した気分が嘘みたいに。
「……じゃあ、急いで帰って来る。待ち合わせ場所まで一緒に行こう」
「~~~~な…っ…、そそ、そんなっ、……て、手間…二度手間になるしっ」
「別に。お前を1人で来させる方が心配だ。――――往復俺が尽き添う方が安心だよ」
「~~~~バカ…ッ!! 駅前の映画館なのに、なんで一度戻ってきてまた行かなきゃなんないのよっ?! 意味わかんない…ッ!!」
「いいだろ、俺がお前と一緒に居たいんだから」
「~~~~ッ!!!!!」
一瞬でマコの顔が真っ赤になった。
思わず駄々漏れた自分の言葉に、大慌てで言い訳をする。
「~~あ、その……、いくらタクシーっつったって、お前1人で来るとか心配だし、だからその……また倒れたりしないか見張ってる方が安心だし、だからその……」
「~~~~い…いらないッ…!! 平気よ、大丈夫…っ!! こ、子供じゃないんだから! 家までタクシーに来て貰ってそれに乗り込むだけじゃないのよっ! 大体、あたしの為にわざわざ待ち合わせをタクシー乗り場の手前にしてくれてるんだし……バカにしてんのッ?!」
「バカにしちゃいないよ」
「~~~~なら、たったこれしきのこと、ちゃんと自分で出来るわよ!! 止めてよ、そんな子供扱い…っ!」
「……ほんとにちゃんと来れるんだな?」
「~~~~あ、当たり前じゃない…っ!」
「本当に、ちゃんと来るよな?」
「~~~~う、うん……」
俺の問いに、色の付いたレンズの向こうのマコの瞳が慌てたように泳いだ。
俺の視線に、たじろぐように揺れていた。
一歩マコの方に足を戻せば、ビクリと震えた。気付かないふりをしてそのまま手の届くところまで近づいて、見つめたままで静かに声をかけた。
少し低音の――――だけど、キッパリとした確固とした声音で。
「…………じゃあ、待ってる。……お前が来るまで、絶対待ってるから」
そう言うと、マコは一瞬、俺を見て、慌てて俯いて顔を隠す。
しばらく待ったけど、マコから返事がなかった。
どうしようかと迷って――――勇気を出して、そっと手を上げた。
小さな頭に、そっと手を置いた。…………ほんの数秒だけ。
「――――約束な」
それだけ言うと、じゃあ、行ってきます、と手を離して部屋を出た。
出る時にチラリと見たマコは、まだ俯いたままで――――だけど、視力のいい俺の目には、微かに赤い耳朶が見えた気がしたんだ。
結局、最後にマコからはなにも聞けなかったけれど、マコの言葉を信じて家を後にした。



……To be continued.








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